「ヒント」の活用を

食品化学新聞リレーシリーズ 2009年12月10日掲載

中山正夫 技術士(農業・水産部門) 中山技術士事務所

◇周辺からの「教え」

英国の物理科学者兼天文学者のアイザック・ニュートンが、「樹からリンゴが落ちるのを見て、万有引力を発見した」との逸話は、子供向けの本に広く紹介されている。 この「リンゴ落ち」を見た人は昔から多くいた筈。その事だけでニュー トンが法則を見出し得たのかと、誰しも子供時代には不思議さを感じただろう。

「自分勝手ながら、話の真偽を想像してみるのも逸興。 まず「真」からいけば、偉大なニュートンは長い間、天文物理の研究を続け、多くの現象を解明してきた。が、最後の「詰め」ができない。 その引き金が「リンゴ落ち」。その「ガツンと一撃」で結論がでた。

一方、「偽」の方は、後日の作り話という考え方。たまたま子供に万有引力の説明をするのに、同じ落とすならば親しみやすいリンゴを選ぶのが妥当。そして「ものごとの動きを常に注意深く観察せよ」の「教え」にまで結び付けたのは逸話作者の技か。

正直な話、こうした想像が正しいかどうかはどうでもよいこと。難問に悩むのは、研究開発に携わる技術者の宿命。その解決には「リンゴ落ち」のような意外なヒントが貢献してくれる場合が少なくないのだ。

◇ 推察力もヒントから

コナン・ドイルの推理小説の主人公。私立探偵シャーロック・ホームズは、TV、映画でもおなじみ。事務所に初めて訪れた依頼人を彼が一目でその人物像を見ぬくところが面白い。 たとえば、客の話し方、顔色、骨格、服装、持ち物 (それも傘の濡れ具合とか) などから、住む地方、職業などを推理してしまう。小説の中のとはいえ、こうした観察力の鋭さは、天性や訓練の賜物によろう。見習いたいところだ。

このような名探偵であっても、小説のなかで推理が壁に当たり悩む時がある。しかし事件とは全く無関係のところで、偶然に知った事柄からヒントを得る。それにより解決に向かうとの手法をしばしば取り入れている。ホームズ探偵と限らず、松本清張著作の社会派推理小説においても同様だ。捜査に行き詰まった刑事が気分転換しようと、一人でその地方の居 酒屋に入って飲む。たまたま隣に居合わせた客らの会話を小耳に挟んだことで、「ヒント」を掴むとの筋書きだ。

広辞苑から「ヒント」の意味を調べてみると ―暗示。示唆 (しき)。 正解・目的に至る助けになる情報。 --とある。
この世の至るところに存在するが、当事者自身、その場にあっても気がつかなければ、全く価値がないものだ。野球の打者が、打つに絶好なストライクゾーンのボールを見逃すのに等しい。些かオーバーな表現だが、優れた武芸者は「針の落ちるような小さな音にも気づき、わが身に危険の気配を察する」と聞く。そこまでいかなくとも技術者としては、視、聴、嗅、 触などの感覚をフルに活かして、その場、その場の問題解決に役立つ「ヒント」を抽出するのがよい。

◇探しと訓練

研究開発の仕事でも、壁に当たって、どうにも前に進めなくなることがよくある。その時は、先ずはその壁がどういうものか、なぜ攻め落とせないのか、また、いまの攻め方でよいのか等々、まとめて図表の形に描き直して、判断するとわかりやすい。戦略や戦法は一つではないのだ。

西洋童話の「北風と太陽」の物語は、旅人の服を脱がす冷風と輻射熱の競い。勝負の結果は別にして、これに相当する剥皮法は食品加工に使われている。たとえば、タマネギ表皮に浅い傷をつけての強風剥皮法、また、少し古い技術にはなったが、表皮の焙焼除去もある。童話が直接の「ヒント」になったとはいい難いが、考え方の基本が繋がっていることは確かだ。

他の「ヒント」事例をあげれば、歯のわるい高齢者でも食べられる薄焼き煎餅を知り、牛鍋屋が、硬い牛モモ肉部を、薄くスライスしてシャブシャブ鍋で提供。また、夏季に人気の「冷やし中華」をヒントに、冬場専用であった「おでん」まで「冷やしおでん」に変えた。

技術関係では、以前に調べた「日本酒の保存性向上研究」を思い出す。原因となる枯草菌を熱殺菌処理せずに、菌の必須栄養分であるビタミンBを紫外線照射で分解させる方法だ。戦国時代に羽柴(豊臣)秀吉による備中高松城の水攻め (兵糧攻め)が「ヒント」になったのでは? ―と勝手に想像するのもまた楽しい。

ともあれ、その気になれば、どこをみても「ヒント」はいっぱい。そのためには、多くの事例を学び、動物的感覚や連想力を身につけたいものだ。

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