HACCPはよく切れる鋏でなくては

食品化学新聞 リレーシリーズ  No.219 2005年9月8日掲載

西川研次郞 技術士(水産/総合技術監理部門) 西川技術士事務所

平成8年8月に開始した大日本水産会のHACCP講習会は今年の9月で4回の開催となる。対米輸出水産食品製造業者を対象に始めた講習会なので、当初は5回程度で終了の予定だったが、もっぱら口コミによる伝達で特段のPRをするわけでもなかったのに継続希望の声が強く、年5回の講習会はいつの間にか10年も継続している。

この講習会のメインテキストは、米国のNational Seafood HACCP Alliance が作成したHazard Analysis and Critical Control Point Training Curriculum を筆者が翻訳したものである(現在第4版)。米国では水産食品の製造にはHACCPの適用が義務づけられているので、このテキストは水産食品製造業者がHACCPを理解し義務を果たすのを助けるために作られたものである。したがって、内容は具体例を挙げて分かり易く書かれている。

日本では、HACCP は宇宙飛行士の宇宙食の製造のために開発された高度の衛生管理手法なので、複雑で難しく、実施するのには金がかかるため人材や資金の揃った大会社でないと難しいと思っている人が多い。しかしこのテキストを読むと、小規模工場であってもHACCPは金をかけなくても十分適用可能な衛生管理の道具であることがよくわかる。

講習会の参加者の中には、食品製造の経験がまったくない人もいる。これらの人の中には、低温殺菌とは病原菌を冷凍することで死滅させることができる殺菌方法であると思っている人もいるように、食品について正しい理解が欠けている人がいる。しかしHACCP は、食品の安全性を守るために使う道具であるから、HACCPをやる前に、まず食品を業として製造する者であるならば常識として持っていなければならないレベルの専門的基礎知識 (決して高度な学術的なレベルのものではない) を持つことは極めて重要である。

平成15年(2003)に食品衛生法が正され、安全性の確保に関する知識や技術の習得などが食品等事業者 の責務として新しく加わった。即ち、HACCPを勉強して適用することが責務となったが、HACCPの原則を適用するためには、食品に関する正しい知識、特に食品微生物に関する正しい知識を持っていなければ、HACCPは正しく適用さ れず (雪印乳業大阪工場の食中毒事件のように) 防げるはずの食中毒が発生してしまうことになる。

一方、食品製造業者がHACCPを正しく理解するためには、市販されるHACCPの参考書は HACCPを正しく解説しているものでなければならないが、日本で市販されている参考書は必ずしもそうではない。例えば、「HACCPプラン総括表」なる奇妙な用語が書かれている書籍がある。どうも厚生労働省の総合衛生管理製造過程の承認の際に提出を求められる「総括表」が「HACCPプラン」であると誤解している人が書いたようである。HACCPを正しく理解してもらわなければならないので、このような間違った参考書が世の中に存在すると困るのである。

HACCPは、たとえて言うならば病原菌をちょん切って食品の安全性を守る、鋏(はさみ)のようなものである。病原菌をちょん切る鋏は、正しく切れ味よく研がれていなければならないと同時に、使う方 も正しく使って病原菌をちょん切らなければならないのである。

この秋にはISO22000が発動する予定である。ISO22000の認証においては、Hazard Analysisが正 確に実施されていることを確認し認証しなければならない。確認するためには認証に当たる人の食品製造に関する常識は付け焼き刃では困るのである。食品製造の経験があり、食品製造の基礎知識を十分に持ち、さらにHACCPを正しく理解している人が認証に当たらなければHACCPの鋏はよく切れないし、ひどいときは切り損なっても気がつかないことが起こってしまうのではないかと心配する。

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