ご飯が着かない杓文字一考

食品化学新聞 技術士リレーシリーズ 2019年7月4日掲載

江川和徳  技術士(農業部門)  江川技術士事務所

越後平野を見渡せる高台で早苗植えわたる春から黄金に輝く秋まで眺めていると、新潟は米が基軸の産業構造も宜なるかなと感じる。ご飯がおいしく食べられる、何と至福なことか。炊きたてのご飯を装う時にご飯が杓文字にくっつかずにさっと装えること、これが美味しさを演出する。昨今、食は美味さから楽しさに移行してきた。豊かな時間の所有が食事の意味となり演出器具が大切となる。

さて、新潟県の燕市に曙産業株式会社(以下、曙産業)という企業があり、wエンボス加工という技術を開発、これを杓文字に適用し、ご飯のつかない杓文字を製品化した。以下にその製品品質向上へのたゆまざる検討風景の一端を紹介する。

1 wエンボスの付着性防止効果の解明

杓文字には、ご飯が着くのが普通で昔は杓文字を水に濡らして付着を防いだ。所謂、水離れと称する方法である。

Wエンボスのクローズアップ

wエンボスしゃもじ

しかし、wエンボス杓文字は乾いていても付着しない。曙産業ではwエンボスにご飯が付着しない現象を解明するため、杓文字へのご飯の付着メカニズムを新潟県工業技術総合研究所(以下、工技総研)と共同研究を行った。工技総研では、ご飯が杓文字から離れてゆく過程を高精度マイクロスコープ付きのナノキャッチャーでエンボス加工の有無による米飯の剥離過程を追跡する手法で解明にあたった。

その結果、フラット区は、御飯の糊液が幾筋かの太い帯となって杓文字との間に介在し、wエンボス区は糊液が非常に細い糸のような状態で介在することを確認し、ご飯と杓文字の付着は糊液の毛管結着によることを明らかにした。エンボス区の糊液は細く剥がれながら次々に切れてゆくのに対してフラット区は帯状の糊液が切れずに、ご飯が杓文字に付着する。ついに、wエンボスに米飯が付着しにくい現象は、毛管結着が極めて弱くなるためと実証された。

2滑りか剥離か

次に杓文字からご飯が離れるのは剥離か、滑りかについて知るため、杓文字と同じ材質でwエンボス及びフラットの板を作り包装米飯をレンジアップして盛り付け同じ板材をテンシプレッサープランジャーにセットして一定圧で圧縮後プランジャーを上昇して米飯からの剥離力を新潟県農業総合研究所食品研究センターで測定した。

その結果、フラット区、wエンボス区共に剥離開始時瞬間的に大きな力を要した。しかし、離れ始めると両者は大きな差を示し、エンボス区の力が小さかった。付着状態の物を引き離す時の自由エネルギーは付着で失われた自由エネルギーに等しいため剥離開始時の力には差がないと推察している。

次に米飯に杓文字と同じ材質の板を乗せその上に分銅を乗せて板を引っ張る試験を行った結果、フラット区は一定速度で滑らせる引っ張り力は板が抜けるまでほぼ一定であった。一方、エンボス区では滑り始めからフラット区より力を要せず滑りと共に弱まった。wエンボスの米飯の剝れ安さには、最初は滑り効果が大きいことを明らかにした。

3 劣化防止への挑戦

杓文字は使っているうちにだんだん性能が低下してご飯が付着してくる。その理由を明らかにして品質の改善に役立てる取り組みが行われている。その一つは、プラスチック素材の劣化の簡便な評価法の開発で、これにより製品の信頼性につながる製造管理に役立てられる。

次に、劣化加速のための耐久試験法の検索も現在着実に進められている。永遠でないプラスチックの劣化に対し、さらに素材やデザインの観点も含め地道な挑戦が続けられている。このような商品品質に対する真摯な取り組みが新潟の製造業を貫く支柱と曙産業の姿勢から一考させられた次第である。

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