ラムネ博士

食品技術士リレーシリーズ 食品化学新聞2019年3月7日掲載

小谷明司 技術士(水産部門)

 坂口安吾は戦後に活躍した無頼派の新進作家の一人である。「アンゴ」は岡山弁の「アンゴウ」のもじりであろう。人を小馬鹿にして呼び捨てる下品な言葉であるが、無頼派を彷彿とさせるペンネームではある。

 安吾氏の晩年の小説は幻想的で、骨ばった文体の中にしみじみした味わいがある。一転して、随筆は娯楽味が売りで、ラムネ博士の一編はよく知られている。ラムネはラムネ博士が発明したのではないか、ラムネ博士とは何者なのか、の疑問を巡り湧き広がる随想である。

 筆者の小学校時代、毎年、夏休みは二週間ばかりを神戸の祖父母の家で過ごした。週の何日かは美しい須磨の白砂の海岸での海水浴、海水浴のない日の午後は鷹取山を散策した。中腹の休憩所で祖父の日課のラジオ体操が済むと下山となった。途中、おばさん一人の茶店でタライにジュース、ラムネ、サイダーを山水で冷やして売っていた。ラムネは10円、サイダーは30円だったと記憶する。いつもはラムネで、祖父の懐具合の良い日はサイダーを買ってもらった。当時の夏は現在ほど暑くなかったが、冷えたラムネの爽快味は下山の楽しみであった。プクプクパチパチと二酸化炭素の刺激を味わいながら、ラムネとサイダーは似た味なのに、サイダーが数倍も高価なのが不思議であった。ラムネとサイダーの違いは何なのかと思いを巡らせたが、中学に上がる頃にはその疑問は忘れてしまっていた。

 成人後にラムネはレモネードから転訛した名称と知った。さらに、サイダーはリンゴ酒を意味するシダー(シードル)の英語読みであることも知り疑問は氷解した。小学生時代の食事会で、母と友人の母親がリンゴ酒を試飲し、「アルコールは強くないようだから子供にも大丈夫」と話していたこと、リンゴ酒の栓を抜くと泡が吹き出たことも思い出した。最近、ラムネの発明者は英国人と知った。ラムネ博士は架空の人物であった。安吾氏が生前このことを知ったらラムネ博士の一編を撤回したであろうか。

 ラムネは明治時代に日本に到来した。コレラの流行した時期があり、二酸化炭素には殺菌効果があって安全に飲めるとの理由から人気が出たと言う。確かに二酸化炭素には食中毒菌に対して殺菌的な作用がある。海外旅行で生水は厳禁、ホテルの部屋の備え付けか、信頼できる店で売っているミネラルウォーターを飲むべきである。道端で売っている製品はラベルは一流ブランドでも中身が一流である保証はない。日本人は清潔な環境にドップリと浸っていることで免疫力が弱いのか、現地の人に無害な雑菌レベルでも下痢することが多い。蛇足ながら氷も要注意である。その点、二酸化炭素をたっぷり含む炭酸飲料やビールは安心して飲める。

 サイダーは現在に至るまで某ブランド製品が圧倒的な市場占有率を誇っている。高価だったのはブランド価値だったのだろう。ラムネもサイダーも水に甘味料、酸味料と香料を添加して二酸化炭素を溶かしたもので、配合の差異はあるだろうが、同じカテゴリーの清涼飲料であると言える。

 瓶は高温で熔解したガラスを吹いて成形する。徐々に冷却してガラスの熱歪みを取るが、均一で安定した歪み除去は相当の技術を必要とする。歪みが残るとわずかの衝撃で割れる。炭酸飲料は二酸化炭素の内圧が掛かるので、割れるとガラス片が四散して非常に危険である。ラムネ瓶が肉厚であるのは、多分、ラムネ発明当時のガラス瓶製造技術は稚拙で、破裂事故の予防策として肉厚にせざるをなかったのではあるまいか。

 昭和も30年代になると種々の清涼飲料が販売されるようになりラムネは静かに姿を消した。最近のレトロブームで、手にどっしりと重く、肉厚で深い緑色の、独特の形状をしたラムネ瓶を再び見かけるようになった。似た形状のペットボトル詰製品も見かけるが、食品包装技術のパロディーの感がある。瓶詰めラムネの飲み口はガラス玉とゴムパッキングで密封してあり、専用の栓抜きで玉栓を押し込んだとき、シュッと音を立てて沸く泡とともに鼻孔に飛び込んでくる香りがいとおしい。

 ラムネは復刻したが、ラムネ玉遊びが復活する気配は全くない。道路はどこもかしこも舗装されてしまい、指で弾いた玉の動きは止まらないだろうし、玉を落とし込む小穴を掘ることもできない。子供達はと言えば、塾や部活で忙しく、遊びはもっぱら室内でのゲームが多い。幼児期・学童期の戸外での集団遊びは円満な人間関係の構築・維持の貴重な学習の場であるのにと嘆くのは筆者ばかりであろうか。

食品化学新聞社の許可を得て掲載しております