ティン キャン

小谷明司 技術士(水産部門(水産加工))

 現代文明は鉄に支えられていると言えるが、鉄以前の実用金属は銅であった。銅は錫と合金の青銅にすると加工特性が格段によくなる。

 古代ローマとフェニキアは地中海の支配を巡って長期の紛争を抱えた。アフリカ大陸北岸のカルタゴから遠路はるばる象部隊を引き連れてヨーロッパ大陸に攻め込んだハンニバル将軍と、これを迎え撃ったローマのスキピオ将軍との死闘は歴史に刻まれた。辛くもローマが勝利し、「カルタゴ滅ぼすべし」の合い言葉の下、カルタゴは婦女子に至るまで殺戮され都市は徹底的に破壊された。この戦争には優良な鉱山のあったブリテン島産の錫の商権支配の帰趨も含まれていた。当時、錫は現代のレアメタルのような魔法の性質を持つ金属だったのだろう。

 さて、近代になり缶詰が発明されると錫が重要な金属として再認識された。缶の内面を錫コーティングすると缶の基材である鉄の腐食が防止され品質保証期間を格段に延長できる。また、缶詰の高温長時間加熱殺菌で、鉄がむき出しでは缶詰の調味液中に鉄イオンが溶出して味を損なう可能性があるが、錫コーティングで防止できる。

 鉄を錫コーティング[メッキ]したものはブリキと称される。これと紛らわしいのが亜鉛コーティング鉄板で、こちらはトタンである。中学校あたりの理科の試験問題に出そうである。筆者は試験対策に「トアブス」と記憶していた。錫の元素記号はSnであるが、英語ではティン、錫メッキ缶はティン キャンである。ティン キャンは米国海軍の俗語で駆逐艦のことをも言う。つまり、装甲の薄っぺらなことカンの如しで、砲弾か魚雷の一発でもくらうとたちまち沈んでしまう危険な駆逐艦勤務を自虐的に言ったものらしい。それでも駆逐艦は軽量ゆえの高速と小回りを活かし、デストロイヤーの名前のとおり、戦艦のような重装甲の敵艦へも猛進して、魚雷でトドメを刺す重責を担っていた。もっとも、現代の艦隊戦では艦砲や魚雷の接近戦でなく遠距離からミサイルが飛び交うことになるだろう。

 さて、現在の缶詰内面への錫コーティングの使用はめっきり少なくなり合成樹脂で代用されることが多い。錫はレアメタルではないが、今や貴重な金属となり米国では戦略物資に指定されていると言う。「アメリカから錫を分けてもらうなんて全く期待できませんよ」とはかなり前に缶メーカーの技術者との雑談で聞いた話である。

 錫は兵器の製造にも不可欠である。太平洋戦争前、日本がアメリカから経済封鎖を受けたとき東南アジアの資源に期待をつなぎ、錫鉱床もあてにされた。南進策である。戦争の推移とともに各種の物資が払底に向かい、当時は日本に併合されていた朝鮮で精力的な鉱物探査が行われ、朝鮮半島北部で金銀の他、コバルト、タングステン等のレアメタル、錫、リン等の優良鉱床が続々と発見された。ウラン鉱も見いだされ、ドイツ、アメリカとともに日本でも原爆開発計画が検討されたと言う。戦艦大和の沖縄特攻から奇跡的に生還された元海軍兵の方から、当時の海軍の最高機密事項に原爆開発計画があったとの話を聞いた。しかし計画の遂行は見送られた。

 戦後、北朝鮮はソ連に占領され、日本が開発、あるいは開発途上であった鉱山と施設はソ連に接収された。残留した日本人技術者は鉱業に徴用された。ソ連の原爆開発には北朝鮮から運ばれたウラン鉱石が使用されたとの説が有力である。北朝鮮には豊富な鉱物資源があり、韓国、そして日本が北朝鮮の経済開放政策を待ち望む要因のひとつであるらしい。

 戦後、缶詰は保存食品として重宝された。カニ缶、サケ缶等の水産缶詰は希少な輸出品目であった。強風と大波の荒れ狂う北洋で海の男達が命懸けで貴重な外貨を稼いだことを忘れてはならない。日本経済の復興とともに冷凍食品、レトルト食品、さらには流通インフラの充実によるチルド食品の普及により缶詰の生産は衰退した。しかし、缶詰メーカーのアイテム開発の努力と、少子・高齢化・非婚の増加による個食の増加により、少容量の調理缶詰は見直される傾向にある。現在の缶詰めはプルトップとなり缶切りを忘れたための食べ損いもなくなった。空き缶回収箱は量販店に常設されており省資源も万全である。ただし、缶詰めの賞味期限は数年と大幅に短縮された。5年くらいで品質劣化が起こるとは思われない。中身は大丈夫なのに賞味期限切れで食べられずに廃棄されてしまっているのものが相当量あるのではないかと危惧する。

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