あまくない砂糖の話

食品化学新聞「食品技術士リレーシリーズ」2016.09.08掲載

技術士(農業部門)横山勉[横山技術士事務所]

 世界保健機関(WHO)は、砂糖の摂取量を総カロリーの5%未満に制限すべきという指針を示している。一年間のパブコメ期間を経て、2015年3月に公表された。肥満の懸念や虫歯への有害性が認められるためである。砂糖はブドウ糖と果糖が結合した2糖類である。これに加えて単糖類も対象とするため、異性化糖が含まれる。問題となる砂糖は加工食品に限定され、未加工品は除外されている。

 砂糖の有害性に関する「あまくない砂糖の話」というドキュメンタリー映画が、3月(2016年)に公開された。デイモン・ガモー監督が、俳優も務めるオーストラリア映画である。以前公開された「スーパーサイズ・ミー」は、ファストフードの影響を取り上げて興業的に成功した。二匹目のドジョウを狙った砂糖版といえそうだ。この映画を観てきた。

 映画では、ガモー氏自ら砂糖の影響を調べる試験台になっている。砂糖摂取には、いくつかの条件を定めている。要約すると、1)摂取と消費カロリーは従来通りで、2)スプーン40杯分の砂糖(640キロカロリー)を60日間摂るというものだ。甘さを感じない加工食品でも、大量の砂糖を含むことがある。これらは砂糖としてカウントする。氏はジョギング等の運動を日常的に行っており、太ってはいない。平均的なオーストラリア男性といえるだろう。砂糖分のカロリーは他の食品を減らすことになる。砂糖の定義は、前述のWHOと同じである。

 その結果である。12日後、体重が3キロ強増加し、糖尿病の初期状態と診察される。また、肝機能の低下も告げられる。35日後には、精神面でも異常が現れる。気分が落ち込み、楽しみだった運動もおっくうになる。また、甘いものが次々に欲しくなる。このような状態を経て、最終日に至る。通常の生活に戻る前に待っていたのは、強烈な禁断症状だった。砂糖依存症になっていたのである。

 映画には、砂糖に関するいくつかのエピソードが挟まれる。ひとつが、先住民族アボリジニの共同体アマタである。砂糖とは無縁だった彼らの食生活を一変させたのが、1970年代にできたスーパーマーケットである。砂糖を含む加工食品の消費が増え、特に清涼飲料水の伸び率は高かったという。健康的な食生活に戻す試みは挫折し、肥満や生活習慣病が蔓延する状態になっている。

 砂糖消費が多く肥満体国の米国の例も紹介される。砂糖を含む加工食品が、周囲に溢れている。そのような清涼飲料水を、乳児時代から与えられて育った子どもたちは悲惨である。虫歯のため、総ての歯がボロボロになっている。にもかかわらず、メーカーは売るための最適な砂糖含有量の追求に余念がない。

 コーラ・メーカーから研究費を支給されていた研究者も登場する。研究の独立性を保証した上で、研究費を受けとっている。悪いことではないように見えるが、多くはメーカー有利の結果になる。よく知られている現象だが、スポンサーを有利にしたいというバイアスが存在するためだ。データの一部に捏造が含まれていても、不思議ではない。研究者とはいえ、研究費を賄うため・自身の生活を守るため、必死なのである。

 改めて、本映画の制作意図を考えよう。砂糖の有害性を社会にアピールするという崇高な目的があったに違いない。そうであっても、興業的な成功が必須条件になる。科学的視点がお粗末になってもおかしくない。被験者は一人のみで、砂糖の有害性を示すことが目的であることを自覚していた。研究者のバイアスどころではない。また、毎回の食事のカロリーを把握することは容易ではない。砂糖摂取のかなりの部分が、過剰カロリーとして上積みされていた可能性がある。

 映画の目的は妥当と考える。しかし、正しければ、何をやっても許されることにはならない。ドキュメンタリー「風」であれば、ある程度の脚色は許されるという考え方もあるだろう。本映画をどのように捉えるかは、観客次第である。なお、果糖の代謝はブドウ糖と異なり内臓脂肪を増やす、という解説があった。これは事実だが、体重が増えるとはいえない。体重が増えるのは、甘味依存による摂りすぎが原因である。

 本映画の解説部分は、分かりやすいCGを多用していた。また、リズムのよいポップ曲やダンスにより楽しく制作されていた。原題の「ザット・シュガー・フィルム」を前述のように訳したセンスは評価できる。オーストラリアでは大ヒットし、社会現象にもなったという。日本における興行成績は、甘いものになっただろうか。

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