天然酵母パン表示を考える

食品化学新聞2014.11.13掲載

横山勉  技術士(農業部門)横山技術士事務所

 現在、流通しているパンの多くはパン酵母(イースト)を用いた発酵パンである。無発酵パンから発展してきたもので、発祥はエジプト文明にまで遡る。小麦粉をこねた生地の放置に由来したのだろう。自然発酵により膨らんだものを焼いたことから発明されたという説はわかりやすい。遺跡の状態から、発酵させた粥に由来するという考え方もある。

 それでも、パン種の概念が確立され、管理できるまでは試行錯誤と時間が必要だった。古代ギリシャでは、稗(ヒエ)粉とワイン粕を用いて製造管理されていたという。現在は選別された優良酵母を純粋培養した市販パン酵母が広く使用されている。本技術が確立されたのは、20世紀初頭のことである。

 近年、これとは異なる「天然酵母」を謳うパンが増えている。天然酵母には定義がないため、内容はさまざまである。通常は果実等に付着している微生物を基に「種起こし」することが多い。本作業を専門に行い市販する業者が存在する。雑菌が共存するため、失敗することがある。確実なのは、分離酵母の純粋培養だが、通常の市販パン酵母との違いを説明できない。

 パン(包装食パン)の表示には、公正競争規約が存在する。「天然・自然など」に関して「天然の原材料を使用したことが具体的に立証できること」と規定している。しかし、妥当性には疑問がある。他の食品の公正競争規約では、人工といえる存在がある場合に限って認めている。

 パン種に関して、一般の天然酵母を市販パン酵母と比較すると、次の欠点がある。1)醗酵能力が弱いため醗酵時間が長くなる・2)乳酸菌が混在すれば酸味が強くなる・3)品質のバラツキが大きくなる。市販パン酵母を併用すれば、欠点をかなりカバーできそうで、そういう商品も少なくない。

 天然酵母について、日本パン技術研究所は「天然酵母表示問題に関する見解」を発表している。さまざまな調査を行っているが、メーカーの訴求点と消費者の評価に注目しよう。訴求点で最も多いのは「熟成したおいしさ」である。一般の天然酵母は、多様な微生物群から成る。風味が深く複雑になるのは、確かだろう。

 消費者の評価で、天然酵母パンの認知度は95%だ。食経験も63%と高率だった。食経験者のイメージは「自然」が78%と最多で、安全・ヘルシーが続いた。メーカーの訴求に近い本格的・美味しいは少なく、食経験のない場合も同傾向だった。消費者の多くは、天然酵母パンの特徴を理解して購入している訳ではないようだ。天然にのみ注目し、イメージを形成しているように感じる。
メーカーもそれを理解しているのだろう。一部であるが、不適切な表示が行われている。科学的な根拠なしに、安全・健康・身体にやさしいという表示をしているのだ。このようなアピールを天然と併用することで、訴求力は増大する。しかし、好ましくないことは明白である。

 天然酵母をとりまく現状には、大きな混乱がある。早期に明確な定義を行い、不適切な表示を排除したい。まず、公正競争規約の改正が必要だろう。天然表示は人工といえる存在がある場合に限るべきである。人工といえる養殖魚が存在すれば「天然ブリ」と表示できるが、「天然サンマ」は不可である。

 一般の天然酵母であれば、1)同数以上の乳酸菌の存在、2)酵母・乳酸菌はどちらも多様、という特徴がある。同種でも、代謝などの性質が異なるのである。この多様さこそ、天然酵母パンが備える品質特徴の源である。ただし、乳酸菌を含む場合、天然酵母と称するのは不適切である。日本パン技術研究所では「天然種」とすることを推奨しており、妥当と考える。「食品素材を基にして、種起こしを行った1)と2)を満足するパン種」と定義してはどうだろう。市販パン酵母は「発酵能の高い数種類の酵母を純粋培養したもの」が一般的なようだ。これを人工的として捉えた訳である。
多様さの水準には議論があるだろうが、2桁を下回れば多様とはいい難い。このような天然種の安定生産は困難が伴う。それでも、高度な技術を持つ日本であれば、対応可能と考える。多様さの確認方法も同様である。多様な株からなる酵母群で、乳酸菌が少ない・または存在しないパン種を造れそうだ。本ケースも想定して定義と表示の検討を進めたい。

 消費者の多くが、メーカー発信の文言・イメージに踊らされているように感じる。本質を理解できる消費者を増やしたいものである。消費者とメーカー・行政・専門家が一体になってコミュニケーションを進め、食の理解を深めていきたい。

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