工場見学で学んだ5Sの維持

食品化学新聞 食品技術士リレーシリーズ 2018年5月24・31日号掲載

田村 巧  技術士(生物工学部門・総合技術監理部門)合同酒精㈱酵素医薬品工場

 同業種の工場の見学は直接参考になることが多いが、異業種の話を聞くのも意外な発見がしばしばある。

●金属加工工場の見学
昨年11月、北海道にある金属の精密加工業者の工場を見学した。真冬を目前にした見学当日、工場が立地する北海道室蘭市の天候は吹雪。11月にもかかわらず、すでに工場周辺は雪化粧が済んでいた。吹雪の中は鼻も凍るような息苦しさであったが、嵐が止んだときには遠景まではっきり見通せた。精密加工にふさわしい、空気のきれいな土地であった。この工場は、主にプラスチック成型の金型を製造しており、精密な加工でありながら納期の短さが国内外で評価されている。誤差にして、1ミクロンかそれ以下の精度を誇る。

●加工精度の秘訣
精密な加工が得意とはいえ、すべて切削機械による加工である。素人の私は「品物の精度は機械の性能に依存するものであろう。そうならば、資本を投入して精度の高い機械を導入することが、品質維持の鍵になる」と考えていた。しかし、実際に作業現場を見ると、職人が大きなモニターを見ながら、材料をごく僅かに切削する、そんな作業の繰り返しであった。聞けば、切削機械自体の精度は数ミクロンレベルであるという。従って、この機械が持つ性能を上回る1ミクロンの精度を実現するには、操作する技術者の根気と熟練が必要であり、この会社の伝統を受け継ぐ社員だからこそ出せる精度であることがわかった。
ひと通りの現場見学が終わった後、さらにその精度維持の秘訣が知りたくなり、工場長に「品物を作る上で、最も重視していることは何ですか」と、聞いてみた。この漠然とした質問に対して、工場長は迷いなく「5Sです」と言われた。たしかに、この工場には切りくずや切削油のしみが、通路に一つも見あたらなかった。

●職場環境整備のS
「5S」といえば整理、整頓、清掃、清潔、躾のことであるが、食品工場では「食品衛生7S」を推進しているところが多い。この食品衛生7Sとは整理、整頓、清掃、洗浄、殺菌、躾、清潔を指す。食品衛生7Sは、その構造が5Sとは少し違う。すなわち整理、整頓、(乾燥状態で行う)清掃、(湿潤状態で行う)洗浄および殺菌を実施することで清潔が得られ、その動機付けが躾であるという考え方である(参考:米虫節夫ほか編著「食の安全を究める食品衛生7S」(日科技連出版社)、図1)。


図1 食品衛生7S(食品安全ネットワークのホームページより引用)

Sを挙げるならば、他にもある。セーフティ、スマイル、作法、信頼、スパイラルアップ、習慣、参加、設備、即時対応…。7Sにとどまらず、9S、10Sを展開している会社も多いかもしれない。しかし実際のところ、5Sや7Sなどの職場環境整備は、なかなか定着しない。私自身、トップや推進担当者がそれまで積み上げてきた5Sの流れが、指導者の異動をきっかけに元に戻ってしまったことを目の当たりにした経験もある。その原因は、現場が「やらされている」という感覚から抜け出せなかったためと考えている。
このような職場環境整備について、やらされている感覚から脱却し、自発的に管理を心掛けるように変革するのは、難題である。さらに進めて、意識しなくても整った職場環境が維持されることが理想であるが、この工場では5Sが当たり前のように自然にできているように感じられた。
●お客様を意識する
今回の工場見学では、これ以外にも感心したことがある。それは、玄関に飾られていたウェルカムボードと、作業中の社員それぞれの元気なあいさつである。ウェルカムボードには季節をあらわした装飾の中央に「当社へようこそ、○○様」と書かれていた(写真1)。このメッセージには、来訪者をイメージして、心を込めて作ったことを感じさせる温かみがあった。社員のあいさつも、来訪者をお客様として意識していることのあらわれであると受け取れた。これらの行動から、従業員がお客様やサプライヤーなどの社外の関係者を強く意識し、自らの作業が、材料の単なる加工を越えて、お客様の高い満足を得るための作業であることを理解しているように感じた。5Sを維持することは、お客様をイメージすることと強く結びついているのだと、私自身が学ぶ機会となった。


写真1 もてなしが感じられたウェルカムボード

見学を終えて
昼過ぎに始まった工場見学が終わった時には、すでに辺りは暗くなっていた。オープンな工場で、見学者が納得するまで見せ、ディスカッションしてくれた。鼻に感じる空気の冷え込みとは裏腹に、歓迎される温かさを感じ、ファンになった。異業種でも取引をしたいと思わせる、大いに参考になる工場見学であった。

食品化学新聞より許可を得て掲載しております。