ゲノム編集食品への期待

食品化学新聞  食品技術士リレーシリーズ2018年10月30日掲載

横山勉  技術士(農業部門)横山技術士事務所

 遺伝子組換え(GM)食品の表示が変わることになった。従来、分別生産流通管理を行った作物を使用した場合、「遺伝子組換えでない」と表示できた。ただし、GM混入率五%未満という条件が存在した。新基準では0%確認が求められる。社会的に望ましい方向に進めることができて安堵している。組換えDNAやたんぱく質非検出でも「遺伝子組換え不分別」と表示すべきという意見が出ないか心配していた。消費者系団体の委員からだが、杞憂に終わった。なお、「大豆(国産)(遺伝子組換えでない)」と表示するメーカーがあるが、フェアではない。国産大豆にGM品は存在しないためである。近年、GM作物・食品が話題になることは少ない。それでも、社会の受容度が高まったわけではない。質問されれば、食品添加物や農薬とともに「避けたい」との回答が多数になる。

 さて、新しい技術「ゲノム編集」という言葉を目にすることが増えた。少し前まで、接木など広い技術を含めて「新しい育種技術NBT」と称されることが多かった。その後、実用化に直結するゲノム編集に焦点があたるようになった。応用面では、植物はもちろん動物も対象になる。
 ゲノム編集に限っても、技術面は多様である。重要なのは目的遺伝子をピンポイントで破壊する技術である(以下、本ゲノム編集)。これも複数存在するが、一般的に用いられるのが「クリスパー・キャス9」というシステムである。キャス9というのは細菌類に備わる免疫系に由来する。DNAを切断するハサミであり、十数個のRNAが付属する。付属RNAは目的遺伝子のDNAと相補結合する塩基配列になっている。これを細胞内に入れると、目的遺伝子と結合し、キャス9が結合部のDNAを切断する。切断DNAは修復されるが、一部でミスが発生し、複数の塩基が脱落する。その結果、フレームシフト変異などにより目的遺伝子は破壊される。

 従来から行われてきた古典的な育種技術にも各種存在するが、代表例に突然変異法がある。突然変異と人為選択の組合せによるものだ。自然突然変異により、多くの作物や家畜が作られてきた。ただし、作成まで数百年以上の長期間を要している。突然変異を人為的に起こすことができるようになっても、方向性は不定という欠点が存在した。本ゲノム編集の場合、遺伝子配列さえわかれば、短期間・低コストで育種が可能である。

 本ゲノム編集を活用して、積極的に研究が進められている。筋肉量が増えるマダイやトラフグ(京都大学)・良好な肉質の和牛(生物資源研究所)・収量増のイネ(農業食品産業技術総合研究機構)などの例が挙げられる。多くの研究が進んでいるのは、結果を出しやすいことにある。さらに、社会に受容される可能性が高いという期待もあるだろう。作成された生物から、本ゲノム編集と突然変異法を区別することはできない。

 環境省は本年八月の委員会で、生物多様性に関する「カルタヘナ法」のもとでゲノム編集への規制案をまとめた。外部遺伝子を導入しない本ゲノム編集であれば、規制不要という考え方だ。厚生労働省でも、食品の安全性について、調査会を設けて検討を進めている。方向は環境省と同様という。今後、パブコメなどの手続きを踏まえて決定される。海外との競争という側面があり、迅速かつ的確に進めてほしい。なお、ゲノム編集は多様と記したが、外部遺伝子の導入も可能である。この場合、従来の遺伝子組換えと同じ環境面・食品安全面に関する審査が必要とされる。

 筆者は本ゲノム編集に全く不安を感じない。一方、慎重な姿勢を示す科学者が存在することは確かである。彼らは従来の突然変異法の規制も併せて主張すべきだろう。遺伝子が破壊されても、機能不全のたんぱく質が生産されることがある。動物ではこれが原因となる病気が知られている。ただし、食品中で問題となるような有害性を生じることは考えにくい。

 本ゲノム編集による生物・食品を規制しないことになっても、研究状況の把握と情報開示は必要と考える。また、マダイなど明確に形態・特徴の異なる生物の野外放出は避けるべきだ。食品表示は検討課題で意見は分かれるだろう。すでにリスクコミュニケーションが開始されている。従来のGM作物を参考にして、ていねいかつ積極的に推進したい。GM作物では消費者のメリットが希薄だった。前述例のように、本ゲノム編集は消費者のメリットになることも併せて伝えたい。

食品化学新聞より許可を得て掲載しております