日本起源の大豆

食品化学新聞 食品技術士リレーシリーズ2017年1月8日掲載

横山勉 技術士(農業部門)横山技術士事務所

 トウモロコシ・小麦・米が、三大穀物である。国際的に生産量が多いが、いずれもデンプンを主要な栄養素としている。これらと同等以上に重要といえる作物が、大豆である。通常、油糧作物と分類されるが、油脂だけでなくタンパク質含量も高いというユニークな特徴がある。

 作物としての大豆には永い歴史がある。しかし、近年に至るまで東アジアに限って栽培・利用されてきた。欧州に18世紀、米国には19世紀になってから伝わっている。それでも、本格的な栽培は行われなかった。1873年に開催されたウィーン万国博覧会に、明治政府が初参加した。このとき、出品した大豆の栄養面が高く評価された。これが契機になり、食品利用への関心が高まった。

 その後、大豆は国際的な作物になる。主産地の満洲から欧州に、大豆や大豆油が大量に輸出される。1940年頃から、米国で本格的な生産が始まる。第二次世界大戦後の1970年頃から、南米ブラジルとアルゼンチンの生産が加わる。現在、大豆の生産量は約3億トンで、上記3ケ国で約8割を占める。国際的な普及過程で、日本は貢献してきたといえる。

 3大穀物と大豆の起源は諸説あるが、道筋が明らかになってきた。大豆に焦点を絞って紹介したい。大豆のご先祖(原種)はツルマメ(ノマメ)である。ミニサイズの大豆に見え、茎はつる状である。河原や工事現場などのヒトにより攪乱された環境を好む。日本を含む東アジアから東シベリアにかけて広範囲に分布する。この範囲のどこかで、栽培化されたのは間違いない。

 大豆の栽培化に関して、いくつかの根拠により4千年前頃の中国東北部という有力な説がある。同時期の日本は縄文時代だが、閉じた世界ではなかった。初期(1万5千年前)から、瓢箪(ヒョウタン)・小豆などの日本に自生しない作物が大陸から伝播している。日本犬の始祖となる縄文犬も大陸由来である。最終期(2千数百年前)には、陸稲(熱帯ジャポニカ種)・大麦などのセットで焼畑栽培が九州に伝わっている。

 本セットに、大豆が含まれていたとする考え方がある。大豆中央部には、茶褐色の「ヘソ」が存在する。縄文土器に「ワクド石タイプ」と呼ばれる圧痕があり、不明種子とされてきた。しかし、形状から大豆のヘソと同定できたことが、「縄文大豆・九州栽培説」につながった。

 古くから大豆を利用してきた日本は数多くの品種を有している。これらに外国の品種や各地域のツルマメを加えて、系統を探る研究が行われてきた。細胞内の核の遺伝的差異に基づきクラスター分析すると、大豆は中国系と日本系に大別される。朝鮮半島産は日本に似るが、中国に属するものも存在する。ミトコンドリアや葉緑体の核外遺伝子では、地域特有のツルマメと共通タイプが認められる。複数地域において、中間型(種子サイズなど)の自生が確認されている。大豆の品種改良に、多様な特徴を持ったツルマメが活用されてきた経緯があるので、理解できる。

 2015年の日本考古学協会で興味深い研究成果が発表された。発表者は中山誠二氏(山梨県文化財課)である。数多くの縄文土器圧痕から、ツルマメが発見されている。1万3千年前における宮崎県の事例が最古とされる。中期(5千年前)の八ヶ岳山麓の事例では、26点中19点が大型化していた。そのうちの14点は扁平形、5点は楕円形で特に大きなサイズだった。大豆の栽培化とともに品種化が進んでいた証拠と考えられる。中国栽培化説の時期を千年ほど遡る。クラスター分析の結果と合わせて、中国だけでなく日本でも大豆の栽培化が進んでいた可能性が極めて高い。

 ツルマメ圧痕を50以上含む縄文土器が、複数発見されていることにも触れておこう。意図的に混入したのは間違いなく、呪術的な意味があっただろう。食材だけでなく、日本人のご先祖となる縄文人の生活・文化に浸透していたと考える(読売新聞2015年7月29日)。

 人類にとって、大豆は重要な作物である。日本人には、他国以上に重要である。節分や豆名月など文化に浸透している。食材面では、煮豆や枝豆として直接摂るだけでなく、豆乳・豆腐・納豆など多様に変身して食卓を彩っている。みそ・醤油などの調味料も大豆が主役だ。中国から伝わった部分が少なくないが、日本独自の工夫も多い。これら大豆食品の世界への普及にも、日本は貢献している。ここに、大豆起源地の一つといえる根拠ができたことを嬉しく思う。

食品化学新聞より許可を得て掲載しております