わが国における食品用酵素の産業小史

食品化学新聞 2015年11月26日掲載

白兼孝雄 技術士(生物工学部門) 白兼技術士事務所

 人類は紀元前から、ブドウ果汁を発酵させる赤ワイン造り(古代エジプト)、麦芽を利用するビール造り(古代メソポタミア)、米を唾液とともに自然発酵させる口噛み酒造り(古代日本など)を行ってきた。羊の胃袋に山羊の乳を入れておくとチーズができることも、紀元前から知られていた(アラビアの民話)。
 人類は、微生物や酵素の実態を知らぬまま、麦芽や唾液のアミラーゼによりデンプンを分解し、酵母を利用してアルコール発酵を行い、胃中のレンネットにより乳を凝固させていたのである。
 近代の酵素科学は、こうした伝統的なアルコール発酵や食品造りから生まれ、現代のバイテクノロジーの発展へとつながってきた。

酵素とは

 生体内の触媒活性物質、すなわち酵素を、酵母の中にあるものの意味からenzymeと命名し(1878年)、酵素にaseという語尾を付けることが提唱された(1898年)。酵素の基質特異性について鍵と鍵穴説が発表され(1894年)、酵素はタンパク質であることが証明された(1926年)。一遺伝子一酵素説も提唱された(1941年)。

 日本語の酵素の語源は、松原行一が東京化学会誌20巻(1899年)で用いたのが初めてだといわれている。
 酵素には1961年以降、国際生化学連合(現在の国際生化学分子生物学連合)の酵素委員会によって、酵素番号(EC番号)と常用名および系統名が与えられている。

② 食品用酵素の発見

 現代の食品用酵素産業の基礎となる酵素は、1800年代から1900年代に相次いで発見され、日本人は秀逸な業績を残している。
ジアスターゼ(アミラーゼ)(1833年)、ペプシン(1836年)、インベルターゼ(1860年)、トリプシン(1876年)、ラッカーゼ(吉田彦六郎、1883年)。カタラーゼ(1901年)、フィターゼ(鈴木梅太郎、1907年)、リゾチーム(1922年)、ラセマーゼ(片桐英郎ら、1936年)、シクロマルトデキストリングルカノトランスフェラーゼ(CGTase)(1939年)、グルコアミラーゼ(北原覚雄、1947年)、ズブチリシン(1947年)、イソアミラーゼ(丸尾文治ら、1949年)、グルコースイソメラーゼ(1957年)。

③ 食品用酵素の製造販売

 1846年、津之国屋(現在のアサヒビールモルト)が日本で初めて製飴用麦芽(糖化酵素剤)の製造販売を開始した。1874年には、クリスチャン・ハンセン社(デンマーク)がチーズ製造用酵素(レンネット)の販売を開始した。1894年には、化学者・実業家の高峰譲吉が消化酵素剤タカヂアスターゼを発明し、翌年にパーク・デービス社(米国)が世界で初めて胃腸薬として発売した。

 1900年代に入ると、α-アミラーゼによる繊維の糊抜き、リパーゼによる有機合成反応、プロテアーゼによる皮のなめしなどが始まった。

 日本では1940年代以降、細菌や糸状菌などの食品用酵素が本格的に製造販売されるようになった。現在では、糖質関連酵素(α-アミラーゼ、グルコアミラーゼ、グルコースイソメラーゼなど)、タンパク質関連酵素(各種プロテアーゼ、キモシンなど)、植物組織崩壊酵素(ペクチナーゼ、セルラーゼなど)、脂質関連酵素(リパーゼなど)といった多様な酵素が販売されている。

④ 我が国における食品用酵素の利用

 食品用酵素の製造販売と同時に、酵素を利用した食品加工技術が大いに進展した。特に糖質関連酵素を利用した食品加工において、我が国は卓越した技術を有している。
 麦芽水飴や酵素糖化水飴の製造に続き、α-アミラーゼとグルコアミラーゼによるブドウ糖の工業的生産(1959年)、グルコースイソメラーゼによる異性化糖の工業的生産(1965年)が、いずれも世界に先駆けて開始された。

 1970年代~1980年代には、CGTaseを用いたシクロデキストリンやカップリングシュガーの製法と用途の開発が行われ、種々の転移酵素を用いる機能性オリゴ糖(イソマルトオリゴ糖、フラクトオリゴ糖、ガラクトオリゴ糖など)の製造も順次開始された。

 その後、2種類の新規酵素を用いてデンプンからトレハロースを生産する画期的な技術が開発された(1994年)。イヌリン合成酵素によりスクロースからつくられたイヌリン、フラクトースを異性化した希少糖  D-プシコースも販売されている。また、遺伝子組換え生物(GMO)由来の食品用酵素の利用も広がっている。
 今後も、新規酵素や食品加工技術の開発により、我が国の食品用酵素産業の益々の発展が望まれる。

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