身近な酵素

食品化学新聞 2017年5月25日掲載

白兼孝雄 技術士(生物工学部門) 白兼技術士事務所

ヒト細胞内の生体高分子のうち最も多量に存在するのはタンパク質である。生体内で触媒として働くタンパク質のことを酵素と呼ぶ。
さて酵素というと、何を思い浮かべるであろうか。

酵素とは、次の5つの要点にまとめることができる。
(1) 生物の細胞内で合成され、生体内で物質代謝に関与する。
(2) タンパク質だけまたはタンパク質と低分子化合物から成る。
(3) 特定の化合物に対して特異的に作用する。
(4) 触媒する化学反応の型によって分類され、多種多様な種類がある。
(5) 食品工業・醸造工業・製薬工業などの分野で広く利用される。

 健康食品市場が活況を呈している中で良く耳目に触れるのが、○○酵素、酵素ドリンク、酵素サプリなどのいわゆる酵素という名称を前面に押し出した製品がある。但し、これらの製品にはほとんど酵素そのものは含まれていないようであるが。
 東京工業大学の大隅良典氏は「オートファジーの仕組みの解明」により、2016年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。このオートファジー(自食作用)系分解機構では、細胞内の不要なタンパク質はリソソーム(細胞小器官)のタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)によってアミノ酸に分解されてしまう。こうして調達されたアミノ酸は、新たなタンパク質を合成するために再利用されることになる。

 身近な酵素製品と生体内酵素の2例を挙げてみたが、私達の身の回りには多くの実用的な酵素や、酵素を利用した製品があふれている。
 酵素の利用分野は、産業分野(食品用酵素、工業用酵素)とメディカル・研究分野に大別される。それぞれの分野の用途別酵素として、糖質、タンパク質、脂質などに関連する酵素が多く使用されている。なお、現在知られている酵素の分類上の種類(酵素の数)は、5800を超えている。
 

そういうわけで、私達が意外に見過ごしている日常生活における酵素利用の実例を挙げてみたい。
① 日用品や市販薬
 洗濯用洗剤には、プロテアーゼ、アミラーゼ、リパーゼあるいはセルラーゼを組み合わせて配合し、洗浄力を向上させている。歯磨剤には、歯垢分解酵素であるデキストラナーゼが配合されている。
人工甘味料アスパルテームは、サーモライシン(プロテアーゼの一種)により製造されている。チーズの製造には、レンネット(凝乳酵素、主成分はキモシン)が利用されている。
 胃腸薬には、消化酵素としてアミラーゼ、リパーゼあるいはプロテアーゼが処方されている。

② 酵素で健康診断
 特定健康診査(いわゆるメタボ健診)は、糖尿病や脂質異常症、高血圧症などの生活習慣病の発症や重症化を予防することを目的として行われている。例えば、糖尿病の検査項目のうち、血糖測定には、へキソキナーゼ、グルコースオキシダーゼあるいはFAD-グルコースデヒドロゲナーゼが用いられている。またヘモグロビンA1C測定には、フルクトシルペプチドオキシダーゼが利用されている。
 アレルギー様食中毒の原因物質であるヒスタミンの測定キットには、ヒスタミンデヒドロゲナーゼが用いられている。
 食品製造現場の清浄度検査に用いられるATP+AMPふき取り検査試薬には、ホタル由来のルシフェラーゼによる生物発光法が採用されている。

③ 果物や野菜の酵素
パイナップル由来のブロメライン、パパイヤ由来のパパインのようなプロテアーゼは、食肉の軟化に利用されている。
 キュウリやカボチャから採れるアスコルビン酸オキシダーゼ、ナタ豆のウレアーゼ、そして西洋ワサビのペルオキシダーゼは、臨床検査用の酵素として活用されている。

④ 酵素で糖類をつくる
 食品業界では、糖質関連酵素を用いてデンプンを原料とした各種糖類の製造および機能性オリゴ糖の製造が行われている。例えば、麦芽のα-アミラーゼとβ-アミラーゼを使って、水飴やマルトースシロップが製造されている。グルコースの製造では、α-アミラーゼ、枝切り酵素、グルコアミラーゼが用いられる。さらに果糖ブドウ糖液糖の製造では、グルコースイソメラーゼが利用されている。

 機能性オリゴ糖(イソマルトオリゴ糖、フラクトオリゴ糖、ガラクトオリゴ糖)の製造では、α-グルコシダーゼ、β-フラクトフラノシダーゼ、β-ガラクトシダーゼが転移酵素として用いられている。2種類のトレハロース生成酵素を用いてデンプンからトレハロースも生産されている。
生体内酵素の特性や働きは、日進月歩で解明が進んでいる。一方で、私達の日常生活と切っても切れない産業用酵素の利用も日々進展している。
今後は、ぜひとも身近な酵素や酵素製品に視線を向けて、酵素の働きや利用の実態に関心を寄せて欲しい。

食品化学新聞より許可を得て掲載しております