“いのち”を考える

食品化学新聞 2017年10月26日掲載

白兼孝雄 技術士(生物工学部門) 白兼技術士事務所

 宇宙は約138億年前に誕生し、地球ができたのは今から約46億年前とされている。その地球に原始生命体が誕生したのは、35~40億年前の原始海洋であったと考えられている。
 このような原始地球に生命が誕生するためには、生命の構成要素となる有機化合物が存在しなければならない。
 まず無機化合物から低分子の有機化合物(アミノ酸、ヌクレオチドなど)がつくられ、さらに高分子の有機化合物(タンパク質、核酸など)が生成されていった。この生命誕生までの化学物質の生成過程を「化学進化」という。そして、これらの高分子化合物のコアセルベート(コロイド粒子が集まった液滴)から細胞が誕生したと考えられている(オパーリン、「生命の起源」1936年)。

生命体の3要素とは、(1) 代謝系を有すること、(2) 細胞という形状を有すること、(3) 自己複製が可能であること、と定義されている。

① 人類の出現
 約36億年前に、真正細菌(バクテリア)と古細菌(アーキア)の共通の祖先(原核生物)が誕生し、約20億年前には古細菌から分岐した真核生物が誕生したとされている(3ドメイン説)。その後、多細胞生物が生まれ、植物や動物のような個別の生物が生み出されたとされる。人類の出現は約500万年前とみられている。
 ヒトは、遺伝的には決められない免疫系というスーパーシステムを持つようになり、自己と非自己を識別して、非自己を排除し自己の全一性を護る免疫機構を確立させた。

② 遺伝情報の解明
 ダーウィンは、生物の進化が自然選択によって引き起こされるという説(「種の起源」1859年)を公表した。メンデルは1865年に、エンドウマメを用いてメンデルの法則と呼ばれる遺伝に関する一連の法則(優性の法則など)を発表した。
 モーガンは1926年に、キイロショウジョウバエを用いた研究で、遺伝現象は染色体上に線条に配列した遺伝子によって説明できるとする遺伝子説を確立した。
 ワトソンとクリックは1953年に、DNA二重らせん構造モデルを提唱し、遺伝現象を具体的な物質的基盤をもった科学的現象であると決定づけた。クリックは1958年に、生物界のセントラルドグマ(DNA→RNA→タンパク質という情報の流れ)を提唱した。
 ニーレンバーグやコラナらが1965年までに、遺伝暗号(ヌクレオチド3個の塩基配列が1個のアミノ酸を指定する対応関係)の解読に成功した。

③ 遺伝子組換え生物の登場
 コーエンとボイヤーは1973年に、遺伝子組換えの基本的技術を完成させた。サンガーは1977年に、DNA塩基配列決定法(ジデオキシ法)を発表した。マリスが1983年に、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法を確立した。
 遺伝子操作により作製された遺伝子組換え(GM)微生物を用いて、有用なホルモン類(インスリン、ヒト成長ホルモンなど)の生産に成功し、バイオテクノロジー・ビジネスが広く社会に知られるようになった。さらに、GM作物(除草剤や病害虫の耐性、貯蔵性や収量の増大など)が作製されて、商業的農業に変革がもたらされた。GM動物は、遺伝子の様々な機能を調べる研究や、ヒトのタンパク質の生産に応用されている。
 GM作物の開発や利用については、生態系などへの影響、経済問題、食品としての安全性などの社会的な論争が今もなお続いている。

④ ゲノム編集による生物の改変
 ゲノム編集は、部位特異的なヌクレアーゼを利用して、比較的短時間に、しかも思い通りに標的遺伝子を改変できる技術である。
 第一世代のゲノム編集ツールが1996年に報告されて以来、先駆的な研究が進み、現在はシャルパンティエとダウドナ(2012年)、およびチャン(2013年)が発表したクリスパー・キャス9をツールとしたゲノム編集技術の応用が本格的に始まっている。
 例えば、農水畜産物の品種改良、ヒト難病の遺伝子治療、デザイナーベビーを生み出す生殖医療など、社会的なインパクトは計り知れない。ゲノム編集とiPS細胞を組み合わせた治療法が実現化されようとしている。
 ゲノム編集技術の利用や規制に関して、今まで以上に安全性や倫理面の広い議論が必要となってきている。
 自然選択による生物の進化や遺伝子組換え技術をはるかに凌駕し、動植物やヒトそのものを変えていくゲノム編集技術は、「神の領域に迫る技術」ともいわれている。ゲノム編集は、今やヒトの“いのち”の存立そのものに革命をもたらそうとしている。

食品化学新聞より許可を得て掲載しております