食品とは?

食品化学新聞 2017年12月28日掲載

東 剛己 技術士(農業(農芸化学)、総合技術監理)

 一般の人は食品添加物を怖がり、専門家は食品を怖がる。という話を聞いたことがある。確かに専門家に属している自分からみると、食品添加物の安全性はほとんど疑いない。ではなぜ専門家は食品を怖がるのか。そもそも何をもって食品というのか。

 食品は法律上では医薬品や医薬部外品を除くすべての飲食物とされている。しかしこれだけではよくわからない。食品添加物と比較してみても、法律では食品の中に食品添加物が含まれているので明確な区分とはならない。
 あえて極論をいえば、飲み食べすることができれば全て食品になりうる。だったら椅子だって机だって刻んで食べやすくすれば食品か? まるでチャップリンの映画のようだが、それが日用品では無く飲食物として提供されていれば食品なのかもしれない。消化できないからといっても関係ない。人間が消化できない食物繊維を豊富に含んだ食品だってあるではないか。

 では安全性はどうなのか。食べて安全でなければ食品とはいえないのではないか。正論であるが問題がある。どんな食品(とされるもの)も絶対に安全であると断言することは難しいからである。たとえばご飯やビーフステーキは安全か。人間が無限に消化できるとすれば、どこかの量で中毒、過剰症といった毒性が発揮されると思われる。ただ、普通の食事ではそこまで食べられないので、頑張って致死量などを調べる必要はない。食べ過ぎと偏った食事にさえ注意しておけば良い。

 これらの食品は「食経験」が充分にあるので、「安全」であると見なされる。しかし「食経験」が「食品」に必須ということはない。食経験に偏りや地域性があるものも「食品」とされるし、食経験が全くない「食品」もある。

 2017年9月14日号の食品化学新聞で「プエラリア・ミリフィカ」という植物を含む健康食品の調査結果の記事が載った。強いエストロゲン活性が問題らしい。これはタイなどに分布するマメ科の多年生つる植物で古くから薬草として使われてきたそうである。つまり食経験は一応あったといえる。ただし、現地で薬草として使われてきたのと食品として自由に摂取するのでは食べ方が違う。そもそも「薬効」があるのなら多量に取った場合の「毒性」はあってしかるべきである。

 食べる部位も悩ましい。魚や動物の骨・内臓・皮・血液、貝の貝殻、食用植物の食べられていない部位や種。「まるごと料理しておいしく食べる」という名目で、様々なものが食べられているが、本当に安全なのだろうか。たぶん食べ過ぎなければ害は少ないと思うが、これらの食経験は限られている。青梅の種、アザラシの肝臓、ふぐの卵巣、コイの胆嚢など、たとえ珍味として食べられることがあるとしても、安全ではない部位はたくさんある。

 未使用資源も食用にされる。害獣、害植物、昆虫などを食べて食資源にしようという発想である。もちろん中には機能性を持つ成分を多く含むものもあり、ここから機能性物質の探索を行われることがある。機能性物質であれば安全性を研究される機会もあるだろう。ではそのまま料理して食べるとしたら? 火を通せば比較的安全とはいえ、食経験は希薄。たとえばワックスエステルを多く含むバラムツなど生物種によっては人体に有害なものもある。「天然だから食べても大丈夫」とはいかない。

 加工で全く新しい物をつくった場合は比較的監視が強く、問題があれば添加物として管理されたり、場合によっては排除されることもある。しかし、濃縮しただけ、乾燥しただけ、粉末にしただけといった簡単な加工では堂々と食品になっている。アマメシバで中毒が出たように、ものが濃くなればリスクも濃くなる。また、加工しなければ毒性が発生するものもある。たとえば白インゲンの加熱不足による中毒は社会問題にもなった。

 こうしてみると学術データがある医薬品や食品添加物の方が安全に感じてしまう。もちろん食品を怖がりすぎる必要は無いのだが。

食品化学新聞より許可を得て掲載しております