100年前の雑誌記事

食品化学新聞 2017年7月27日掲載

齋藤 健 技術士(農業部門) 

 今年初めに22年間住んだ神奈川県伊勢原市の一戸建てから都内のマンションへ引っ越した。居住面積が減るので断捨離の仕分けが大変であった。特に書籍、雑誌、写真アルバム、着用しなくなった衣類の処分が問題であった。処分をしているうちに祖父、齋藤賢道が残したと思われる大正から昭和初期の雑誌がかなり出てきた。祖父は明治の末期から昭和初めにかけて大連にある満鉄中央試験所に奉職しており、満州についての科学的な紹介記事がこれらの雑誌に書かれている。なかでも興味のある記事が満蒙文化協会の発刊する雑誌“満蒙”(大正12年12月発行)に載っているので概要をご紹介したい。

 記事のタイトルは“満州の化学工業”と題するB-5版縦書きの22ページにわたるものである。内容は化学工業の原料として満州において利用できるものは1.石炭、2. 油母頁岩(オイルシェール)、3.塩田製品、4. その他の鉱物、5. 大豆、6. 高粱、7. 皮革、羊毛など動物性資源、 8. 結論 となっている。石炭についてはただ燃やすだけではなく高温乾溜、低温乾溜、ガス化などによって化学品を取り出して残りをコークスとして燃料に使うのが良しとしている。オイルシェールはもうこの頃から撫順炭鉱の近傍から出ているが、まだ利用には相当に研究の余地があるとしている。

 塩田について関東州は天日製塩でありソーダー工業の原料としてはまだ純度に問題があるとしている。その他の鉱物としては窯業、セメント業の可能性があるという。大豆は満州の特産物であり、東三省全体で約2千万石とれて、満州使用が450万石、輸出が600万石、残りを油の抽出に使うのであるが、平均35から40%も含まれるタンパク質についてもその利用について留意すべきであると述べている。また硬化油として石鹸や、乾溜してガソリン系の軽油を作る可能性も述べている。粕の畜産動物の飼料としての重要性は言うまでもない。高粱は1600万石とれ、現地での食料および高粱酒の原料として利用される。殻から化学処理してパルプを作るという案もあるが原料の季節性から産業としては成立しえないとの事。皮革産業については熟練した職工が必要な事程度の記述である。

 最後の結論が非常に面白い。第一は原料についてであり、石炭や大豆などが大量に入手できても硫酸、塩酸、硝酸などやソーダー工業がなければ化学工業が成立しないこと、第二は研究にもっと努力する事、満鉄中央試験所が基礎研究を行っており、中には応用研究、実用化試験まで行っているものもあるが、この方面の研究の拡充が重要であること。第三は事業を始めるには資力と脳力との調和が必要であること。事業を始めるときには技師がいるがすぐ職工だけに任せてしまうことは良くない。職工と技師が並立して調和を図って行かなければ発展はあり得ないと。この点は現在のトヨタ自動車の改善というアクションにつながって居よう。第四は競争と保護の問題である。企業は競争がなければ発展しない。しかし外国製品と競合する場合になると若干の保護も必要になる。ただどちらの場合にも程度があり、過度の競争と保護は企業の活力をそぐことになる。

 日本の米作農業が良い例である。過度の補助金制度で国民は世界で一番高いコメを食べることになっている。第五は一般国民がもっと理化学的な知識を養ってゆくことであると。理化学的な知識があれば仕事に対して相応の判断ができるようになり、一攫千金のような事業には首を突っ込まないようになるであろう。当時は関東大震災後の不況下であり、満州にはうまい話がいっぱいあると言ったような話があったようであり、これを戒めたものであろうと思う。

 現在においても安全と安心で似たような問題が起こっている。新豊洲市場の現況がそれである。地下空間に溜まった水に危険物質が多少混ざっていてもコンクリートで蓋をされているから地上には漏れでるはずがないのであるが、そもそもこの地下空間は盛り土されているところであっただけに説明の都合がつかない。何十億もかかるような施設を発注しておきながら都庁の役人は工事の途中で確認に行かなかったのであろうか?100年も前の雑誌の記事の内容は現在にも生きていると感心する次第である。

筆者紹介:発酵工業会社、国連食糧農業機構、ODAコンサルタントとして農産加工、流通、再生可能エネルギーの経験あり。日本エッセイストクラブ会員。

食品化学新聞より許可を得て掲載しております