発酵工業いろいろ(2)

食品化学新聞 2015年1月29日掲載

齋藤 健  技術士(農業部門)

 発酵工業いろいろと題してブラジルのアルコール発酵や、トルコ、チェコの発酵工業についての筆者の知見を述べた(2013)が今回はさらに窒素固定菌の発酵やエジプトやパキスタンでの知見をお知らせしたい。

窒素固定菌

 先進国では農業生産のために化学肥料を用いることは常識となっている。筆者はアメリカ中央部でトウモロコシ生産にはアンモニア水溶液を直接畑に噴霧することも見た。しかしながら途上国では化学肥料を購入する資金的な余裕のない国も多く存在する。筆者はフィリッピンの国立のバイオ研究所の要請によるJICAの無償供与で小型発酵装置を主体とする窒素固定菌のパイロット生産設備の設置に関与した体験がある。彼らが窒素固定菌の培養のためには自国で生産可能なココナッツジュースが培地として最適であると申請したことにこたえての小型無償供与案件であった。

 場所はマニラから南へ向かって車で2時間ぐらいのところにあるロスバニオスという所であり、付近にはフィリッピン大学の分校やIRRI(国際稲研究所)などが存在していて共通のゲストハウスなどが利用できるという利点がある。プロジェクト実施中には筆者も泊めていただいたがが付近にはレストランも娯楽施設も何もないという所であった。

 無償供与の設備は発酵槽、遠心分離設備、流動層乾燥機、造粒機などリゾビウムという根粒菌をココナッツジュース主体の培地に培養して遠心分離して菌体を分離して低温で乾燥してからピートなどと混合して製品とする設備で問題もなく納入することができた。

 苦労したことはマルコス政権が崩壊するときにあたっていたので、なかなか相手国政府からの認証が降りなかったことぐらいである。心に残っていることはロスバニオスへ行く途中の畑の中に戦犯として処刑された山下奉文大将のお墓がありお参りしたことである。余談ではあるが先の対米戦争の開戦直後マレー半島に上陸、銀輪部隊で猛進撃、難攻不落と言われたシンガポールを僅か100日で陥落せしめ名声をえた山下将軍もその後はフィリッピン防衛に失敗して敗戦後は戦犯として現地で処刑されるという不幸な運命にあったのである。

エジプトの発酵工業

 農業省においては農業研究センター傘下の土壌・水資源研究所においてリゾビウム、アゾスピリリウムという窒素固定菌の培養を大きなガラス瓶で行い、試作品を農民に頒布している。フィリッピンで行ったようにもっと大型の発酵槽での生産を試みるべきと感じた。20年前の話であるがエジプトは砂糖生産国であり廃糖蜜が年間30万トン産出され、半分は輸出され残りは国内の発酵工業の原料や牛の餌として用いられている。Societe de Sucreries et de Distillerie de Egypt (SSDE) という会社がこの廃糖蜜を原料としてアセトン・ブタノール、パン酵母、医薬及び工業用酒精、酢酸、飼料酵母などを生産している。

 日本では昭和30年代半ばに石油化学に取って代わったアセトン・ブタノールが未だに醗酵法で生産されていることが驚異であった。醗酵法によるアセトン・ブタノールは石油化学由来のものよりフレーバーが良いためにフランスの香料会社からの引き合いが多いとの事であり、増産を検討中であった。El Nasr Pharmaceutical Chemical Co. という会社はかってソ連からの技術協力によりペニシリンを生産するために10キロリットルの醗酵槽を6基持ったのであるが既に規模が小さくなりすぎたのでペニシリン醗酵をやめてアミラーゼやプロテアーゼのような酵素を生産していた。これらは繊維産業や皮革製造のための物であった。彼らの本当の希望はペニシリンよりも高価な抗生物質の生産のようであった。

その他の国の窒素固定菌

 ネパールの王立科学技術アカデミーでは小規模であるか生物肥料として窒素固定菌の研究を実施していた。彼らの目標はヒマラヤの森林破壊を防ぐために空中から窒素固定菌の製剤を散布することにあるという。お隣のブータン王国においても微生物肥料と微生物農薬の生産研究が牧草と水稲の生産性向上のために国の研究所、Animal Husbandry Research Center, National Plant Protection Centerなどで行われていた。ネパール、ブータンともに設備と研究者の能力が不足しているように思われた。

 これに対して南米ボリビアのアマゾン川沿いの平野のサンタクルス近郊の日本人植民地沖縄では既に窒素固定能のある根瘤菌の効用は身を持って体験しているようであり、大豆を栽培した翌年は水稲の生育が良好であるとの意識を持っておられた。

 日本のバイオ研究者の方々に世界ではまだオールドバイオに属するようなリゾビウムの培養やアセトン・ブタノール醗酵が生きている事を知って戴きたいと思って投稿した次第である。パキスタンの醗酵工業については、またの機会にしたい。

筆者紹介 醗酵工業会社で35年、国連食料農業機構で5年、その後ODAコンサルタントとして8年間、農産加工、流通、再生可能エネルギーの経験あり。日本エッセイストクラブ会員。

食品化学新聞より許可を得て掲載しております