HACCP解きほぐし5 「衛生管理」と「HACCP」は、別のものだとご存知ですか?

食品化学新聞2019年7月4日掲載

浅野行蔵 技術士(生物工学/総合技術監理部門)

 中華料理と刺し身を比較して説明すると衛生管理とHACCPが異なったものであることが よく分かる。

 中華料理では調理の最後に、強力な火力のコンロで、ゆでる、蒸す、あるいは油で揚げる など、強力な加熱によって食材 全体を加熱する。そして加熱したまま速やかに器に移し、盛りつけが完了する。

 中華料理の衛生管理は最小限で、HACCP だけをよりどころに食の安を保とうとした中国の食文化が到達した料理法である。日本と異なりきれいな水が手に入る環境はほとんどなく、食材はむろん料理人の手も洗うことが期待できない環境で、当然トイレの後に手を洗うなども期待できな い。食器を洗うための清浄な水はない。黄河の水は豊かだがいつも濁っている。
このように、食材も料理人の手も食器も清潔でない環境、清潔にする手段がない環境で、いかに食の安全を手に入れるのか?この答えが、強力加熱で加熱したまま盛りつける中華料理の方法なのである。加熱による病原微生物の殺菌、加熱したまま盛りつける方法は、現在ではホットパックと呼ばれる方法と同じ原理だ。中国の郊外を旅したことのある方なら実感を持って理解していただけるだろう。

 対照的なのが、日本食のなかでも刺し身である。魚そのものに加熱の工程はなく、もし魚に病原菌が存在していたらそのまま口に入ってしまう。ワサビに抗菌作用があるとは言うが、作用は弱く刺し身の魚についた病原菌を殺すことは期待できな い。料理人も手を清潔に保つようにトイレの後はしっかり手を洗う、まな板もきれいに洗う、器も箸も清浄な水で洗ってきれいにして準備することが、安全に刺し身を食べるために必要な作業となる。きれいな水が豊富に手に入る日本でないと成立しないことがわかるであろう。

 2つの対照的な料理法を比較 するとHACCPと衛生管理の 違いがよく分かる。

 中華料理の現実は、食材は古かったり汚れていたり、料理人はトイレの後に手を洗えない、 器もきれいに洗うような水もない。長い歴史にわたってこのような状が続いており、その中 で必然的に作り出された安全な食品を食べる方法、すなわち歴史的に育てられ多数の食中毒を乗り越えて到達した食文化なのである。

 強い加熱をCCPとして、直後に盛りつける手順の徹底によるHACCPだけで安全を守ってきたのだ。

 刺し身は、新鮮な魚が手に入り、新鮮なうちに速やかに食することができる短い距離に海や川があり、清流の流れる川や地下水が豊富で、清浄な水がどこでも手に入れやすかったという日本の水事情と深く関わっている。きれいな水を使って、食材も洗えれば器もきれいにできる、料理人の手も洗える。水は豊富だったので台所も清浄な水をたっぷり使って掃除をすることができたのである。衛生管理がいつもでき、高いレベルで行うことも可能だったので、刺し身のように加熱工程がなくCCPの設定が行えない料理も安全を損なうことなく食べることができたのである。

 これらの2つの例から、HACCPと衛生管理は基本的に異なった概念だということをご理解頂けたと思う。食品を加工する環境によって、HACCPと衛生管理の関係は変わってくるのである。一昔前の中国の環境なら強加熱の中華料理しかあり得なかった。何を作るのか、どんな原料から作るのか、に応じて両者の関係は変わってくるのである。

 日本食で魚の刺し身はあり得るが、鳥や豚の刺し身はあり得 ない。もっと厳密に述べると、 海の魚の刺し身はあり得るが、 淡水の川魚の刺し身は安全なものとはされていない。食材に存在する病原性微生物を考えてみ れば、食文化は合理的な答えを備えていたのである。

 HACCPを導入しようとされている食品企業においても、自社の設備なら、自社の商品ならどうすれば安全性を保てるのかと具体的に行動するのにHACCPはきわめて心強い方法なのである。

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