正月料理に思う

食品化学新聞2017年10月12日掲載

平井輝生  技術士(農業及び生物工学)平井技術士事務所

 日本の伝統的な家庭料理は何だろうか?私は正月のお節と雑煮を挙げたいと思う。この二つの料理には特徴があり、お節は全国的に比較的類似しているが、雑煮は地域によって大きく異なり、家庭によって異なる味を持った料理である。換言すれば、雑煮は地域の文化と各家庭の習慣を一つの椀の中に封じ込めた料理ともいえる。

 雑煮の共通点は餅を使った汁椀であることで、料理の分類ではスープ料理の一種である。歴史的に見ると、餅は神事に供えた食品の一つなので、初めは節句の料理だったのではないかとも考えられている。文献的には室町時代に「雑煮」という言葉が出てくるそうであるが、実際にはそれ以前から似た料理があったのではないかと思われる。餅を使った節句の料理なので最初は武家社会で広く作られたようであるが、庶民の食生活が豊かになるのに伴って、次第に庶民の家庭料理の一つとなったようである。主に正月に食されるのは正月が主要な節句だからであるが、今一つは家事に追われる主婦も家族と共に正月を楽しく過ごすことが出来るように、保存食の餅を使った椀で食事を済ませ、炊飯の手間を省いたことも考えられる。それを伺わせるのが、雑煮の具と味付けの多様性である。

 雑煮の汁は東日本では醤油を使った澄まし汁、京都・大阪など関西では白味噌仕立てが多いが、その他にも小豆汁や赤味噌仕立てなどもある。具も様々で、餅菜と呼ばれる小松菜に似た青菜と焼いた餅を使うシンプルなものから多彩な具を使う華やかなものもある。多くはその地方の産物が使われている。餅も東日本は伸し餅が多く、関西では丸餅(ちぎり餅ともいう)が多い。餅も焼くもの焼かないものがある。

 お節は節句(節会)の料理から来たものであるが、庶民の正月料理となってからは、やはり正月の炊事の手間を省くため、作り置きが出来る煮物、焼き物を重箱に詰めて、正月に食したのであろうと思われる。

 このような正月料理も食生活の変化に伴って、近年は大きく変わってきている。冷蔵庫の普及や保存食の開発は、正月用の料理を家庭で作り置きする必要性が減少した。歳末にお節料理を作らなくなった家庭も多く、それに代わって師走になるとスーパーマーケットなどでお節料理の予約販売などが行われている。その内容も伝統的なものだけでなく、ハムやソーセージを使った西欧風のものや中華風のものなども見られる。顧客の方も家庭で正月を祝うのでなく、家族連れで海外旅行などに出掛ける人もいる。また家に居ても、伝統的な正月料理は食べずに、正月を休日の一つとして過ごす人もいる。

 食生活はその時代の社会の影響を大きく受ける。戦争末期の食糧難の時代でも多くの日本人は乏しい中から伝統的な雑煮を作り、海山の産物を求めた。筆者も昭和20年の正月にニシンを食べた記憶がある。タイやエビは皆無の時代であったのでニシンは貴重な海産物であった。戦後、高度経済成長に伴って日本人の食生活は西欧化が進み、伝統的な正月料理も必需性が失われた。街の正月風景も変わり、門松やしめ縄もあまり見られなくなった。正月の休みも特別な雰囲気はなく、通常の休日となって来ている。

 人の食習慣は保守的であるが、反面、地域外の食文化を取り入れるのに積極的である。明治以後の日本人の食習慣も西欧の食品を大きく取り入れながら、伝統的な慣習を維持してきている。しかし社会は刻々と変化する。日常生活に自動車が大きな位置を占めるようになると、箸を使わないファーストフードが繁栄する。祭日が増えて正月の社会生活上の意義が薄くなれば、正月料理の存在意義も失われて行く。欧米のクリスマス料理を見ても宗教的な要素は少なくなっている。生活様式が変われば、食生活も変化する。よい食文化は良い社会によって生み出される。食生活はその時代の社会生活の縮図である。
 

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