病院食

食品化学新聞2018年3月8日掲載

平井輝生  技術士(農業及び生物工学)平井技術士事務所

 食生活は保守的な一面、社会情勢によって大きく変化する。昭和時代の国民の一般的な食生活の変遷は、それを徐実に物語っている。戦時中から終戦直後の食糧難時代には栄養を充足させることが困難で、成人1日の必要エネルギーの標準は2,300キロカロリーとされていたが、食料の配給制度下では、なかなかそれが充足されなかった。戦後の混乱期が過ぎて食料が豊富になり、高齢化が進んだ今日で標準的なエネルギー摂取量はそれより低くなっている。近年は、高齢者用のメニューや病院食も社会的に主要な食事の一つとして注目されている。

 筆者も病院食には関心があったが、これに接する機会が少なかったので、本稿のテーマに取り上げることはなかったが、この度、右脚を骨折して2カ月ほど入院加療し、病院食を摂取する機会を得た。長期にわたって実際に食してみると、その献立や調理方法の工夫が解り興味深いものがあった。

 病院食は管理栄養士の指導の下、病院内のキッチンで調理されるものと外部のセントラルキッチンに委託して製造されるものがあり、近年では後者が多くなっているようであるが、入院患者への支給は病院側が責任を持って管理している。メニューには普通食(常食)と腎臓、肝臓、胃腸、膵臓はどの疾患や糖尿、高脂血症、痛風などによって食事制限や栄養補給が必要な患者に給与する特別食がある。

 筆者のように運動機能の傷害による入院患者には入院時から常食が給与される。手術の日は絶食・絶食状態なので、術後最初の食事は完食したが、長い病院生活では次第に食欲が減退した。原因は運動不足からくる空腹感の減退によるもので、巷間でよく言われる「まずい」ことによるものではない。健康体の時ほど食欲が起きないのは体調・体力が低下しているからである。因みに筆者が食したメニューの一例を示せば、朝食:味噌汁(大根)、温泉卵、ふき土佐煮、カルシウムふりかけ、白飯、昼:博多蒸し・あんかけ、金平ごぼう、マヨネースよごし、白飯、牛乳200ミリパック、夜:サバの味噌煮、野菜スープ煮、いんげんの生姜和え、白飯、生フルーツ、と自宅でのメニューよりバラエティに富み、味もよい。容器も漆器や陶器に似せた美しいもので、落ち着きと食欲をそそるものが使われている。エネルギーは標準が1日2000キロカロリーであるが、白飯を食べ残したら、管理栄養士が来て「カロリーを減らしましょうか」と言う。同意したら1600に減らしてくれたが、それでも食べ切れず、飽食の時代を実感した。

 病院食は調理方法に制限がある。まず、多様な入院患者に対して、広く食されるものでなければならない。高齢者が多い現状では食べやすいように煮物が多くなる。食材に牛肉、豚肉を使う場合もステーキなどの調理法は避けられる。パターン化されやすいメニューに変化を持たせるための工夫も必要になる。味付けも食塩摂取が過剰にならないように配慮しなければならない。病院食を「不味い」と言うのは、限られた範囲で調理された食事を長期間食べることから来る一種の倦怠感ではないかと思う。給食側もそれを心得ていて、例えば、朝のメニューも曜日によって和食、パン食を提供し、添付するふりかけやジャムの種類も変化さえている。筆者が入院した病院では月に一度、昼に特別メニューとして秋の味覚の栗御飯やキノコの料理に柿を添えたメニューや刺身の献立など日常とは味と雰囲気を変えた料理を提供していた。

 病院食の製造現場では、このようなメニューの工夫に加えて、「食の安全の確保」という衛生面の課題がある。食中毒の起因菌も近年は厳しい症状を呈するものがあり、従来の衛生管理では管理の目をすり抜けて食品に入っている菌もあるようである。病院食では味と共に衛生管理についての配慮も必要となってきている。

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