リスク評価におけるバルネラビリティ

食品技術士リレーシリーズ728  食品化学新聞2017年9月7日掲載

田村 巧  技術士(生物工学部門・総合技術監理部門)[合同酒精㈱酵素医薬品工場]

●はちみつが原因となった死亡事故

 先日、東京都ではちみつを毎日摂取していた乳児が乳児ボツリヌス症を発症し、死亡する事例が発生した。その危険性については、昭和62年に当時の厚生省は注意を促す通知を出しており、それ以来、各自治体でも乳児への食事に関する指導がなされていたが、国内において同症で死亡した事例は昭和61年に調査を開始してから初めてである(図1)。

図1 ボツリヌス菌(公益社団法人日本食品衛生協会ホームページより)

 はちみつの健康効果についてはよく知られているところであるが、ボツリヌス菌の芽胞が潜んでいることがある。厚生労働省によれば、大人ならば、はちみつにその芽胞が入っていたとしても、他の腸内細菌との競争にまけてしまうため、通常何も起こらないが、赤ちゃんの場合、まだ腸内環境が整っておらず、ボツリヌス菌が腸内で増えて毒素を出すため、便秘、ほ乳力の低下、元気の消失、泣き声の変化、首のすわりが悪くなる、といった症状を引き起こすことがある。はちみつを摂取することは大人にとっては問題がなくても、赤ちゃんには大きなリスクである。
はちみつに限らず、安全と言われている食品でも、摂取する限りは何らかのリスクを伴う。なぜならば、リスクとは、被害の大きさと発生確率の積で考えられるものであり、これらの何れもゼロではないからである。

●食品安全委員会によるリスク評価

 国では遺伝子組み換え食品等の新食品、食品添加物、カビなどの雑菌、農薬など、摂取する可能性がある物質のリスク評価を実施する専門機関として、食品安全委員会を設置している。食品安全委員会では様々な角度から対象物の毒性に関する調査を実施し、高い安全率を乗じて摂取許容量を提示してきた。ここで提示される許容摂取量は誰もが健康を害さないことが想定される厳しい基準である。この基準が厳しいからこそ消費者の安心につながっていると言えるだろう。また、提示される許容摂取量は一つの物質に対して一つの値であり、分かりやすい(図2)。

図2 食品安全委員会の役割と各省との連携(食品安全委員会ホームページより)

 その一方で、中には基準値を多少越えて摂取しても健康を害さない人もいる。はちみつ摂取の例では、乳児ボツリヌス症は大人では発症しないことが分かっている。つまり、摂取する年齢によって発症するリスクの大きさが異なると言える。このような、食品を摂取する側の危害の受けやすさの違いをリスク評価などに反映させる指標がある。それが「バルネラビリティ」である。

●リスク評価にバルネラビリティを導入

 乳児ボツリヌス症では、バルネラビリティ、つまり危害の受けやすさの違いは年齢と関係しているが、この他の物質ではアレルギーがあるか、妊娠しているか、高齢であるかなどが挙げられるケースもある。このように、バルネラビリティという考え方を導入することで、リスクを細分化して評価することができる。これにより、人によっては過剰となりうる規制を最適化できる可能性がある。基準値が細分化されることでたとえば安価な食品を選択できるならば消費者のメリットになるだろう。

 リスク評価にバルネラビリティを考慮することが、すでに一般的になっている業界もある。例えば建設業界では、ある地域を対象とした津波に対してリスク評価を行う場合、ある一定の高さの津波が発生する確率とその津波を受けた場合の被害の大きさの積にバルネラビリティ(津波に対する脆弱さ、被害の受けやすさ)を乗じる。このバルネラビリティを低くする取り組みとして、堤防を建設するなどの方法が採られる。このほかにも情報業界ではコンピューターウイルスに対する脆弱性をバルネラビリティといい、また障害者福祉では、何らかの手助けを必要としている人の社会への適応しにくさをバルネラビリティと表現している。

●QCサークル活動にも利用できる

 バルネラビリティは、食品工場のQCサークル活動などでも利用できる考え方である。例えば工場内の製造器具について、雑菌汚染に対するバルネラビリティを比較検討することで、工程の中で重点的に殺菌すべき器具が分かりやすくなる。容器の開口部の大きさと向き、加熱加圧や耐薬品性といった殺菌性、洗浄性、有機物との接触機会などを考慮し、さらには拭き取り試験の結果などを参考にして独自の検討を実施すれば、説得力が生まれる。

 昨今、生活スタイルの多様化とともに、選択肢も広がっている。食肉における国産品と輸入品の選択や、遺伝子組み換え不使用と不分別の選択と同様に、安全を確保しつつ、消費者にメリットがある提案を可能にするキーワードとしてバルネラビリティが浸透することを期待する。

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