生命の起原をたどる

食品化学新聞 2019年6月13日掲載

田村 巧  技術士(生物工学部門・総合技術監理部門)合同酒精㈱酵素医薬品工場

1. 食事は、他の命をいただくこと

 我々の生命をつなぐために欠かせないもの、それは日々の食事である。私は人々の食を支援する業界にいる。そうでありながら、食事が生命と直結していることを、普段はあまり意識していない。

 「いただきます」は、ほかの命をいただくという意味であることは、広く知られている。では、そのときに手を合わせるのは、なぜか。僧侶であり教育者でもある無着成恭氏は、以下のように説いている。四つ足の動物から進化して、人間は二足歩行をするようになり、移動に手を使う必要がなくなった。この進化により、物を作ることができるようになった一方で、戦争もできるようになった。そんな善行も悪行も成しうる手を合わせると、これらの行為ができなくなる。手を合わせるのは、ほかの命をいただいてなお、自分が生きる価値があるのかということを、真摯に考えるための行為である(参考図書:無着成恭「倶会一処」太郎次郎社)。

2. 生命はいつ誕生したか

 我々ヒトは進化の過程で今から数十万年前に誕生した。ヒトに進化する以前、四つ足の脊椎動物、原生動物、単細胞生物、原核生物とさかのぼり、この地球上に生命体が存在するようになったのは、38億年前よりも前と言われており、その証拠を2015年に東北大学のチームが発見した。地球が出来たのが46億年前であるから、それから8億年後には生命体が発生していたことになる。現代から考えると、地球上に生命体が存在しなかった期間は、思いのほか短いように感じられる。

3. タマゴかニワトリか

 生命体が維持されるためには、遺伝情報を司るDNAやRNAを構成する核酸と、物質の化学変換を司るタンパク質を構成するアミノ酸が必要である。生命の起原を研究する科学者たちは、原始地球上において、核酸とタンパク質がどのように合成されたのかを実験的に明らかにしようと取り組んでいる。これまでの成果では、核酸よりもタンパク質のほうが合成されやすいことがわかっている。だからといって、アミノ酸が重合してタンパク質が形成されたのが生命の始まりである、とは簡単には言い切れない。なぜなら、タンパク質分子を同じように複製するには核酸の情報が必要だからである。

 一方で、核酸の合成には困難が多いものの、1981年に「リボザイム」と呼ばれる核酸酵素が発見され、タンパク質のような生体触媒としての機能を持つことがわかった。これがきっかけで、核酸が生命体の始まりとなったとする仮説が有力視された時代もあった。ただしリボザイムの機能は限定的であり、核酸とタンパク質のどちらが先に存在したか、との議論は決着を見ていない。何れにしても、両方が同時に存在する必要があったことは確かであろう(参考図書:大島泰郎・八杉龍一「人間への進化」岩波書店)。

4. アミノ酸、核酸の選抜も未解明

 進化に関して、未解明の疑問は多い。なかでも、なぜタンパク質を構成するアミノ酸が20種類なのか、またなぜDNA、RNAの核酸がそれぞれ4種類なのかは大変興味深い。詳しい議論はしないが、どのように選抜されたのか、またどのような淘汰があったのか、これらについても解明されていない(文献:大島泰郎「Magic20と生命の起原」 Viva Origino 39号、2011)。

5. 生命の起原をたどり、命の大切さを知る

 少々専門的な議論が続いたが、こうして生命の起原をたどることに、どんな意味があるのか。こどもを自殺から救った例を紹介したい。数学者であり、宇宙物理学者でもある佐治晴夫氏は、これまで生命を作り出す根源が、宇宙のはじまりであるビッグバンであることを、講演やエッセイを通じて分かりやすく語りかけてきた。その佐治氏があるきっかけで「いのちの電話」を担当することになった。「死にたい」と言ってきた子供に、実に4時間をかけてこう語った――きみの命があるのは、両親がいるおかげであり、そのご両親が生れるには4人の祖父母がいる。その前の世代には8人いる。それでは、そのまま聖徳太子がいた飛鳥時代までさかのぼると、だいたい33世代の掛け算になり、その答えは85億人、この数は世界の人口65億よりも多い。そのうち一人でもいなかったとしたら、きみは生まれていなかったはずだ。仮に、これからの千年を考えたときに、きみが今生きているか、いないかで、日本全体がひっくりかえるような違いになるだろう――そんなことを、電話を通じてやさしく問いかけた(参考図書:佐治晴夫「星へのプレリュード」黙出版)。生命のはじまりを思い、自らの命が長い過去とこれからの未来をつなぐ役割を担っていると考えることによって、自分が生きていることが自分だけのものではなく、もっと尊いものであることに、その子は気付いたことだろう。

食品化学新聞社の許可を得て掲載しております。