日本では大豆は大切にされていない

食品化学新聞「食品技術士リレーシリーズ」2020年8月6日掲載

浅野行蔵 技術士(生物工学/総合技術監理)

 和食に欠かせない米は、多彩なブランド米が競って栽培されている。米の価格は、美味しさで決まるようになった。美味しさを競う審査会が開かれ、食味ランキングがつけられ価格決定要素となっている。美味しさを機械で測定し数値で評価する近赤外分析を使った食味計も全国に広まり店頭に置く店もあるほどだ。

大豆も和食に欠かせない素材だ。豆腐、納豆、味噌、醤油、湯葉、煮豆、枝豆など昔からの調理法に加えて最近は、肉の代替としてハンバーグなどに入れて低コレステロールをアピールしている。心臓病・脳卒中の予防に有効との表示を認めたFDAの認定やイソフラボンが豊富など機能性食材との評価も高い。

大豆は農作物としての評価は見かけだけ

 驚くことに大豆の値段を決める評価法は「見かけだけ」なのだ。見かけが良ければ高い値段が付く。1等級にランクされるには、豆の形が整い、粒の大きさもそろい、色もそろっていることが必須で、形の不揃いな豆が1%でも含まれると2等級へランクが下がる。未熟粒や斑点、病気、しわ、皮切れ、破裂粒などがあるとどんどん減点されてしまう仕組みだ。この検査は目視と呼ばれ、文字通り「見かけだけ」で等級が決まり買い取り値段が決められている。美味しさや栄養成分など一切考慮されず、米と大きく違う。

歴史ある日本の大豆農業の今

 平安時代の史実として記録されている大豆食品、日本人は千年以上大豆を育て食してきた。ところが現状は厳しい。日本の大豆の単收は10アールあたり160Kg台と平成の30年間ほとんど向上せず、諸外国にあっさりと抜かれた。大豆の新興国であるアメリカやアルゼンチンでは、年々単收を向上させてすでに300Kgを越えている。フランス、スイス、イタリア、エジプトも日本を抜いた。注目すべきは年々向上させているこれらの国々と30年の停滞が続く日本の対比である。
国内で比べると北海道は250Kgと高く、本州が低い。北海道は畑作で、本州では水田の転作作物としての位置づけで栽培に困難さがあるのだろうか。

 何故こんなに違うのか?まずは、肥料のやり方が異なる。米国では、ほとんど施肥していない。大豆は、根に空気中の窒素を固定する根瘤バクテリアが共生するのが大きな特徴。共生条件を上手に設定してやると窒素肥料を使う必要がない。米国では、土壌分析を行い結果に基づいて窒素以外の最低限の肥料を与える、共生菌から窒素が供給されるので窒素肥料は必要ない。
日本では、土壌分析が少ない上に分析結果に基づく施肥のメニューはほとんど行われていない。より多くの肥料を与えることが増産に結びつくとされている。
 
新品種の投入意欲も違う。海外ではどんどん品種が作られている。温度帯別の最適品種が百種以上のレベルできめ細かく作られている。病気への耐性、機械化耐性などもどんどんレベルアップを進めている。組換え技術として除草耐性と防虫Btタンパクが使われているだけで、年々の反収アップは、組換え以外の技術の年々の進歩を意味している。農家の経営意欲が高いのもアメリカの特徴で、毎年新品種にチャレンジして付加価値と生産性を高める農業経営が行われている。アメリカでは、日本向けの高タンパク質の品種も作られ、さらに改良が進んでいる。

日本では、それぞれの地域の奨励品種があるが、ほぼ固定化されて進化は遅い。新品種を作成しそれらを栽培する動きもあるが、「推奨品種」でないと等級審査が受けられず、等級に伴う「成績払い」の交付金が受けられなくなるというマイナスの力学も働いて、新品種の導入は遅れている。

業界筋の話によれば、原因は違うところにあるという。農家の受け取る大豆の値段のからくりだ。大豆そのものの売却価格は、農家が受取る金額の2割程度、残り8割は種々の補助(交付)金なのだ。その補助金も収穫した大豆の重量さではなく作付けした農地の広さで決まっている。つまり、農家は多収性に興味を持つ力学が働かないというのだ。国産大豆を増やそうと支出している税金は、その目的を果たせる仕組みにはなっていないようだ。

大豆の自給率は7%に過ぎない。国産を増やそうとの声も高いが、自給率はさっぱり向上しない。見かけだけの評価が生んだ結果だと考える。

 消費者が、もっと美味しい大豆を食べたい!もっとタンパク含量の高い大豆を食べたい!より健康に良い油を含有した大豆が食べたい!と食べる側の論理を叫ぶことが必要なのだと思っている。とっても美味しい豆腐になる、納豆がもっと美味しくなる、より健康に良い味噌を使えるなど、エンドユーザーの希望を訴えることが我々の食を豊にすることになるだろう。

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