食用油脂の劣化とそのリスク

食品化学新聞「食品技術士リレーシリーズ」2020年8月20日掲載

 中谷明浩  中谷技術士事務所       技術士(農業部門) 

1.食用油脂劣化の概要

 食用油脂は、光、熱、酸素の作用により過酸化脂質を生じる。脂肪酸に二重結合を有する不飽和脂肪酸と酸素の反応によって過酸化脂質を形成し、それらの分解により二次生成物であるアルデヒド、ケトンなどが生成する。さらに反応が進むと重合体、エポキシド、低級脂肪酸へと劣化が進行する。

 フライ油調理や炒め調理などにおいて、適切な使用や管理を行っている範囲では問題になることはない。しかし、油脂の劣化について知識や関心がない場合などには、好ましくない使い方や保存状態により油脂が変敗し、毒性を有する過酸化脂質やアルデヒドなどの過剰摂取により食中毒症状を発症する可能性が否めない。

2.過酸化脂質

 マウスの経口投与試験において、過酸化物は生体内の酵素を不活性化し、血球の破壊、肝臓、腎臓、肺の肥大化、各組織の細胞変性、壊死などを引き起こしたことが報告されている。1) 過酸化脂質自体は、腸管からの吸収がされにくいため、腸管内壁を傷つけることで下痢や腹痛を引き起こす。劣化食用油脂(変敗油)の有毒成分は過酸化物よりも、吸収され易いヒドロペルオキシアルケナール(アルデヒド)などの二次生成物であるといわれている。2)

3.アクロレイン(2-プロペナール)

 アクロレインは、 揮発性のアルデヒドの一種で刺激臭を有する化合物である。医薬用外劇物に指定されており、肺や目に障害をもたらすことが知られている。一方で、食用油脂を用いてフライ、炒めなどの加熱調理を長時間行うと気分が悪くなることがあり、これを「油酔い」と呼ぶことがある。その原因物質は二次生成物の「アクロレイン」といわれている。

 一例として、天ぷらを揚げている際に発生したガス中から200~400μgのアクロレインが検出されたとの報告がある。3)

 他方で、厚生労働省の「紙巻たばこの煙成分分析結果」によると、その副流煙中にはアクロレインが平均288~348μg含まれていると報告されており 4)、単純に比較すると上述の天ぷらを揚げている際に発生するアクロレイン量とほぼ同等の値となる。ただし、全ての揚げ、炒め調理が上述のアクロレイン量の値であるということではなく、また、食用油脂の加熱調理が紙巻たばこと同じ有害性を有するという意味ではないので、参考として理解して頂きたい。

4.劣化食用油脂による食中毒

 劣化食用油脂による最も大きな食中毒事件は、1964年6月から8月にかけて発生した「即席めん」による食中毒である。この事件では、大阪府、京都府等の関西地域、静岡県や長野県の広域において69名が下痢、吐き気、嘔吐、腹痛などの症状を発症した。5)

 問題の即席めんの劣化度について、含油中の遊離脂肪酸を示す酸価が7.0~28.8、過酸化脂質を示す過酸化物価が400~600 meq/kgであったことが報告されており 5)、極めて劣化の進んだ油脂であることがわかる。原因として、日光が直接製品に当たるなどの好ましくない保存状況であったことなどが挙げられる。

 他の事例として、揚げ油によるものとみられる体調不良の症状の報告6)があり、この原因調査においては、簡易測定による酸価が2.5以下と問題となる値ではなく原因不明としている。この場合、酸価や過酸化物価が比較的低値であっても二次生成物が多く生成している可能性があるため、アルデヒドを示すカルボニル価なども把握する必要がある。

【参考文献】
1)白台鴻ら. 栄養と食糧. Vol. 29 No. 2 p85~94 (1976 )
2)伊藤誉志男ら. 食品衛生学会誌. Vol.11, No.4, p268-274 (1970)
3)岸美智子ら・食品衛生学雑誌 Vol.16, No.5, p318-323 (1975)
4)厚生労働省ホームページ. https://www.mhlw.go.jp/topics/tobacco/houkoku/seibun.html(ダウンロード日2019.3.17)
5)内閣府・食品安全委員会. 「平成17年度食品安全確保総合調査報告書」p66-69
6) 大分県衛生環境研究センター年報. 調査・事例. 第37号, p33~38(2009)

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