それ、「安全」や「健康」で売る必要はありますか?

食品化学新聞「食品技術士リレーシリーズ」2020年7月9日掲載

東 剛己 技術士

 農林水産省は有機農業推進法や有機JAS制度で有機農業を推進している。同様の制度は世界各国にもあり、Organic、BIO等の市場が広がりつつある。
 有機農業の本質的な意味は「農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業」であり、一言で言えば環境に優しい農業を目指すというものである。これは農薬の過剰使用による環境汚染への反省が込められている。

 有機農業は特に防虫対策に手間がかかるので、良い農作物を作るのに技術と経験が必要である。そのため作物の単価も高くなるのが当然だろう。価値を認める人はぜひ買って欲しいものである。

 しかし、売るためとはいえ、有機農業の謳い文句に「安全」「健康」という言葉が出ると、とたんにうさんくさくなる。
有機作物が通常の農作物より「安全」であるとか「健康に良い」という証拠はない。有機にすれば栄養価が特別に増えるという研究結果はほとんどないし、農薬を使ったところでその作物が危険な食品に変わるわけではない。つまるところこの宣伝は科学っぽいフリで自らの正当性を訴えて消費者に購入させようという販売戦略である。

有機農業は環境のための農業なのだからそれだけで十分立派な考えと思うのだが、それでは商品が売れないと考えるのだろう。「安全」「健康」という関係ない情報で飾り付けてしまうのである。

「コーシャ」や「ハラール」は宗教に基づいた食品の選択といえる。信仰する人も多いので対応することが商売チャンスにもなり、近年熱い視線がおくられている。

 しかし、不自然に「安全」や「健康」というワードが使われることがあり、なにやら宗教を侮辱しているのではないかと思ってしまう。
確かにこれらの認証制度は食品の安全性を重要視しているので、認証品は安全な生産工程を経ているとはいえる。また、消費する人は食べる物への意識が高い分、健康的な食生活をおくることが多いだろう。

だが別に「コーシャ」や「ハラール」の食品は「健康」のために研究された食事ではない。そういった研究が進む前から宗教的な意味合いで選ばれてきたものである。
「コーシャ」も「ハラール」も、更に仏教の精進料理も食生活そのものを考えれば健康的である。しかし、認証品だからと言ってそればかり暴食したり、偏った認証品を食べ続けていれば体に悪いのは明らかだ。逆に認証の無いものを食べたら病気になるということでもない。何でも「安全」「健康」につなげて考えてはいけないのである。

 ベジタリアンやビーガンも同様である。
彼らは肉食を否定するが、それは動物愛護の精神からであり、非常に道徳的で人間的な発想である。彼らの思想は一部の暴力的な行為を除いて尊重すべきものであろう。
ベジタリアンやビーガンはとても食事に気をつけているので、健康意識が高い人も多い。極端な食事制限を課している場合は栄養障害を起こす可能性がある(親が子供に強制する場合が多い)が、近年は不足する栄養素を補う方法も考えられてきている。

 しかしここでも思想をおとしめる科学的な嘘が多発する。たとえば「人間は元々菜食主義だった」「肉を食べると病気になる」「人間が生肉を食べないのは本来肉が嫌いだから」など。
多くの人が指摘するように、全て間違いである。人間は消化・代謝の構造が雑食性に進化しているのであり、草食動物とも肉食動物とも違う。肉を食べるから病気になるとか、肉を食べないから健康になるとかいうものではない。

 わざわざ科学の後ろ盾を語らなくても、生き物の生命を尊重するという思想だけで十分なのだ。実際に優れたベジタリアンやビーガンは自らの考えを語っても、科学っぽいでたらめは語らない。

「安全」も「健康」も科学的な検証が可能な領域である。無理に宣伝文句に使えば必ず科学者が批判する。逆に思想や個人の考え方であれば科学者は何も文句をつけない。その部分に文句をつける人がいたら科学者としては失格だろう。
 こういった食品は「安全」「健康」などの不要な宣伝に頼らず、正当で真摯な売り方を考えた方が良い。

 

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