味 と 香 り の 受 容 と 相 互 作 用

技 術 士 (農 業 部 門 )石 田 賢 吾

味と香りを合わせて一般には風味(フレーバー)と呼ばれる。ここでは、それらの受容と相互作用並びに、口腔以外での味覚の受容について最近報告された研究を含めて紹介する。
オルトネーザルとレトロネーザル
 匂いの知覚ルートは2種類ある。鼻から空気を吸い込んで感じるのが「オルトネーザル(rthonasal)匂い知覚」であり、食べ物を口内で味わっているときに口腔内の匂いが鼻腔を通って感じるのが「レトロネーザル(retronasal)匂い知覚」である。
 ヒトでは肺への気道と胃へつながる食道が喉で交差しているため、呑み込むときに喉から鼻へ抜ける匂いを感じることができる。鼻をつまんだり、ノーズクリップをつけて、ものを食べると味気ないものになる。これは、口腔内の空気が鼻腔に流れなくなり、レトロネーザルによる匂い知覚が起こらなくなるためである 。例えば、牛肉、豚肉、ラム肉のステーキを鼻をつまんで食べると、牛肉、豚、羊の肉の種類の差が分からなくなる。すなわち、肉のうま味やコクなどの基本的な 味は感知されるが、レトロネーザルによる香気が受容されないため、三つの肉の種類の差は感知できなくなる。
 酒類の官能評価は 、まず、鼻から入ってくるオルトネーザルの「たち香」を感じ、口中に含んで転がしながらレトロネーザルの「口中香」や「あと香」を評価することによって行われる。ヒトが主観的に感じる甘、酸、塩、苦、うま味の基本味に、渋味などの収斂味やコクを加えた味覚成分と非常に多種類の揮発性の化合物である香気成分とが合わさったものを一般に風味(フレーバー )と呼ぶ。欧米では、これらに物理的なテクスチャーや色などを加えた総合的な「食味」をフレーバーと呼んでいる。
香 り が 味 に 及 ぼ す 影 響
 香りの成分が基本味である甘味、酸味、塩味、うま味や苦味に影響を及ぼすことが認められている。さらに、風味の濃厚感や持続性、調和で表現されるコクを増強する作用も報告されている。
ストローベリーの香気成分は甘味を増強するが、ノーズクリップをするとこの甘味増強効果は見られない。また、逆にショ糖がバニリンの香気を増強することが官能的に認められている。
 明治大学の戸田安香先生は、醤油やチーズ、トマト の主要香気成分であるメチオナールがうま味受容体を活性化して、うま味を増強する作用があることを報告されている。同志社女子大の真部真理子先生は、醤油に含まれる匂い成分が塩味を増強すること、その成分は醤油に含まれる3—メチルブタナールであることを認められている。
 明治大学の早瀬文孝先生らは、つゆの香気成分がコクの増強に寄与していることを明らかにされた。コクを増強する香気化合物として 2-アセチルフラン、2-エチルヘキサノール及び1-オクテン-3-オールの3成分が関与していることを認められた。これらの香気成分は、つゆ原料の醤油、かつお節、昆布に含まれる各種成分のメイラード反応によって生成する。そして、ヒトに感知される最低濃度以下の1ppbや1ppt の低濃度でコク味を増強するなど興味深い現象である。
 このように、食べ物ではその香りと味の成分は相互に作用しながら 、食品の美味しさの中心である風味に影響を及ぼしていることが、官能評価や味覚受容体を用いた研究によって明らかにされつつある。これらの研究により、減塩調味などの ヒトの健康に有な課題の解決に繋がるものと考えられる。
口 腔 外 に お け る 味 覚 の 受 容
 基本味のうち甘味・うま味・苦味の受容体は、7回膜貫通型膜たん白質で、 N 末端の細胞外ドメインで味物質と結合し、C末端の細胞内ドメインでGTP結合たん質(Gたん白 質)を活性化するGたん白質共役型受容体である。酸味と塩味は、イオンチャネル型受容体によって細胞外のH+(酸味)やNa+(塩味)などのイオンによって開口し、陽イオンを透過させるイオンチャネルとして働き、味細胞を脱分極させることによって受容される。以上が口腔内の味覚受容体の概要である。
 日本女子大の太田正人先生らの 口腔外における味に関する受容についての興味深い報告を紹介する。胃の粘膜上皮に甘味受容体が存在し、甘味リガンドが結合すると消化管ホルモンのグレリンが分泌されて摂食中枢が刺激される。動物は栄養素があることを胃の上皮そのもので認識して食欲を増進させて栄養を蓄えていることになる。その他、小腸での甘味、大腸での塩味、膵臓でも甘味受容体が存在することが報告されている。このように、食物の味に関わる物質が、味の情報以外に身体の様々な器官の細胞で各種の役割を果たしていることは興味深い 。味覚の機能は食事が単に栄養を摂取するための手段だけではなく、もっと積極的に身体の各臓器の機能を調節するための調節因子として機能していることを示している。

(食品化学新聞 2021.3.18号 掲載)