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「危険物と劇物の取扱い」

 海外の工場で製品を作るため、日本から原料を送りこむという話があった。しかし一部の原料が「危険物」だから送れないという。それはあり得ない。それなら手指殺菌用のアルコールも輸出できないことになってしまう。世の中を見ればそんなわけはないことが分かる。

 確認すると、輸出できないのでは無く「輸出の手続きに手間とコストがかかるので、送るメリットがない」と言うことらしい。話は正確に伝えてもらいたいものだ。

 この「危険物」という言葉は非常に誤解を招きやすいものだと思う。

 以前見つけたブログでは、食品工場に危険物の掲示があるトラックが入っていく写真を載せ、「この会社は食品に危険なものを入れている」と説明していた。当然、言いがかりだが、危険物の意味を知らなければそう書いてしまうのかもしれない。それ以前に、そのトラックに積んでいたものが食品に使われているとは言い切れないはずなのだが。

 「危険物」の意味は非常に単純で「燃えやすいもの」のことである。すなわち「火災の危険がある物質=危険物」となる。定めている法律も消防法である。しかしその名前のイメージから「体に入れてはいけないもの」「素手で触れては危ないもの」と思われやすい。

 食品ではエタノールを含んでいる製剤や精油類などが該当する。

 一方で「毒物」「劇物」というのがある。さすがにこれらはほとんど食品に利用されることはないが、2019年にブタン酸が劇物に指定されるという話が出て騒然となった。

 実はブタン酸はチーズの香り成分の一つである。濃ければ腐敗物のような臭いだが、薄まると本格的なチーズの香りがする。これが劇物に指定されると、一部のチーズ香料が劇物扱いになる可能性が出てきたのである。ただし、この案はパブリックコメントの結果、保留となった。

 劇物のルールを定めている毒物及び劇物取締法(以下、毒劇法)は、「毒物」「劇物」の製造・保管・運搬・取扱などについて定めた法律である。そのため、劇物に指定されたからと言って食品に使えなくなると言うわけではない。

 どんな物質も濃縮すれば体に悪い作用は出るし、希釈されれば毒作用はほぼ無くなる。香料にブタン酸が入っていても、最終食品に使われる量はごくごく微量である為、身体には全く害がない。例えば、果実香の成分の一つである酢酸エチルも、単体では劇物に指定されている。

 消防法も毒劇法も、その対象物質が食品であるか否かは考慮されない。法律の目的が違うからである。燃えやすければ食品であろうと「危険物」であるし、ごく微量しか食品に含まれなくても、その物質が製造・保管・運搬・取扱に注意を要するものは「毒物」「劇物」に指定される。

 これ以外にも「SDS交付義務対象物質」というのが労働安全衛生法(以下、案衛法)で定められている。この法律は工場内の作業者の安全・衛生のために定められた法律である。当然、「SDS交付義務対象物質」も食品であるか否かはあまり考慮されていない。

 この法律の対象となる食品関連物質はいくつかあるが、例えばエタノールは0.1%以上含まれると対象に入ってしまう。なぜか酒類は、工場内で原料として使われていても、対象外となっている。

 エタノールは、酒類以外では香料の溶剤や制菌目的の製剤に使用されており、これらはSDSの入手やリスクアセスメントの実施が義務づけられている。

 もちろん、「SDS交付義務対象物質」を食品として使用することに全く問題はない。

 食品の技術者は、食品表示法や食品衛生法のような食品関連法規の知識はあるが、一見食品と関係なさそうな法律には疎い。消防法だから工務部門、安衛法だから総務部門、というわけにはいかないのである。食品の技術者としては、お客様の安全を担保する食品関連法規だけでなく、原料を取り扱う作業者のための法律も勉強しておかなくてはならない。

(食品化学新聞2022. 4.7号 掲載)