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農業マンガ「銀の匙」完結

技術士(農業部門)横山勉[横山技術士事務所]

筆者はおじさんだが、いくつかのマンガを読んでいる。そのひとつが「銀の匙」である。少年サンデーに連載されてきたが、2020年2月に最終の15巻が刊行された。

 本作品に触れたのは2014年上映された実写映画である。海外出張からの帰国便のビデオだった。興味深い内容だったので、原作マンガを読始めた。著者は北海道の農家出身の荒川弘(ひろむ)氏。名前と絵のタッチから、てっきり男性と思っていた。女性と知って、驚いたものである。

 ストーリーに触れておこう。舞台は北海道の大蝦夷農業高等学校(通称:エゾノー)。主人公の八軒勇吾は札幌市民だったが、高校受験に失敗し、寮制の本校に進学する。同級生の多くは農家の子女だ。異質な存在だが、級友は彼を温かく受入れる。実習以外の学科では圧倒的に抜きん出ており、彼の人柄も評価されたのだろう。

 卒業までの間、多様な事件が起こる。まず、彼は同級生の御影アキに好意を持つ。酪農家のひとり娘で、乗馬が趣味である。脇を固める級友も個性的だ。同様に、教師もそれぞれキャラが立っている。筆者の好みにより、二人に触れておこう。ひとり目は校長だ。マンガではコロポックルのように背丈が低く描かれていた。映画ではダチョウ倶楽部の上島竜兵氏が演じたが、はまり過ぎていた。荒川氏が彼を意識して描いたのかなと思ったものだ。さいとう・たかを氏が高倉健氏をイメージして「ゴルゴ13」を描いたことはよく知られている。

 二人目が富士一子で、ルパン三世の峰不二子を連想させる。豊かなボディーにフィットしたTシャツとサングラスという素敵ないでたちだ。豚舎棟の責任者で、映画で演じたのは吹石一恵氏である。狩猟免許を持っており、学生たちの活動に触発され、後に猟師へ転職する。

 ストーリーの間に挟まれるのは酪農・畜産に関わる大変さである。どちらも、毎日給餌が必要である。さらに重要なことは、食肉生産である。豚の肥育が描かれるが、いつまでも続けるわけにはいかない。出荷後、残酷であっても、おいしいという現実を上手に描いている。酪農の窮状も盛込まれる。大規模化・自動化が進んでいるが、多額の投資が必要だ。飼料価格も高止まりである。酪農家の長男駒場一郎は借金返済のためエゾノーを中退する。

 八軒がエゾノーに入ったのは厳しい父親から逃れるという側面があった。父親は恐怖の対象として、すごい形相に描かれている。級友がスマホに写真を取込んでお守りに使っていたほどである。八軒は父親を嫌っていたが、その存在を認めるようになる。在学中に始めた養豚業への出資による。父親は器用ではないが、家族を深く愛していることがわかる。

 筆者は本作品を高く評価する。登場人物総てが善人であり、姿勢が前向きなのである。連載されていた少年サンデーのコア読者は中高生だろう。世の中は激しく変化している。多くの人の仕事を、AIが奪うという話もあり、進路を迷っている。本作品を読んでいれば、仕事の範囲が広いことがわかる。広い視野を持ち、努力を続ければ、道は開けるのである。

 本作品の最後の舞台はロシアに移る。前述の中退した駒場一郎が活躍している。さまざまな苦労の後、ロシア極東アムール州に渡って大豆畑を始めていた。ここを訪れた八軒に対し、一緒に養豚業を始めようと勧誘する。今後、食肉需要が高まると予想されるためだ。

本作品は人々の記憶に残ることだろう。コメディの要素も少なくなかった。しばしば、「プッ」と噴出したものだ。また、盛込まれていたエピソードにリアル感があった。その裏にていねいな取材が行われていたことは間違いない。荒川氏は続編を描くつもりがないという。それでも、八軒の豚事業や御影アキとの結婚などを外伝として発表してほしい。

最後にリスコミ(リスクコミュニケーション)について触れたい。多くの方々が毎日牛乳を飲んでいる。タンパク質や脂質などに富む優れた食品である。日本人に不足するカルシウム源として重要で、育ち盛りの子どもには無くてはならない存在だ。スーパーの棚には国産牛乳が陳列されており、安価でもある。筆者はこの状態がいつまで続くか不安を感じている。

酪農に関するリスコミは従来から行われている。その例として、(一社)Jミルクの活動を承知している。ただし、正攻法で伝えようとしても、成果が上がりにくいことも確かである。本作品のように楽しみながら状況を把握できれば、理想的である。荒川氏は百姓貴族というマンガも連載している。リスコミにこれら作品のコンテンツを利用すれば、認知度が高まるに違いない。

(食品化学新聞  2021.2.25)